令和6年度姫神祭が開催されました!

7月28日(日)に姫神祭が開催されました。

姫神祭の歴史…
『大昔に土佐にいた女性が国司の男性と恋をし、京都へ戻った男性を迎えに行こうと船で牟岐大島辺りを通りました。すると嵐がおき、「女性が乗船したので嵐になった」として大島に降ろされました。船に見捨てられたのを悲観した女性は身を投げて自殺しますが、飛び込んだ場所に男性のシンボルそっくりの奇岩が立ち上がり、船員たちはこれに驚き、女性の霊を慰めようと祠を建てたそう。』(牟岐町観光協会HPより)

歴史あるこのお祭りは、八幡神社にて行われる神事から始まります。
豊漁、船の安全祈願、安産祈願が行われます。

10時からは、姫神子供みこしパレードが行われました。
八幡神社を出発し、大川橋を渡り、牟岐町役場に到着しました。

途中、町民の方々から「ご苦労様です」とお声掛けをいただいたり、椅子を出してくれたり、お気遣いいただきました。そこから西の町の中を歩き、泉源へ。

町の中で男性のシンボルの形をした大きな御神体が移動していく様子はまさに「奇しい」ものでした!

14:00からの海上パレードでは、これを目当てに徳島市や大阪、東京、岩手などから人が訪れ、外国出身の方々も見られました。

徳島市から来られた方は、「大島に行くまでに船の運転手さんが断層について説明してくれたり、室戸岬が見えることを教えてくれたり、本当に最高だった!また来たい!」と、興奮気味に伝えてくれました。

東京から来られた方々は、「生殖器を祀るお祭りが地元の愛知県にあって、全国のそういうお祭りを調べていました。御神体を船に乗せるのは他には見られないもの!来てよかったです。」と、姫神祭を堪能されていました。

アメリカ出身の方は、「正直混乱した。西洋の文化では生殖器を公共の場に出すのはフェイクであってもタブーなこと。しかし、僕は人として当たり前にあって、大切にすべきものだと思うから、このようなお祭りはかっこいいと思った。アメリカにはないものが見えて牟岐に来た甲斐があった。」と、日本の文化を体験した感想を語ってくれました。

余談ですが、X(旧Twitter)でバズっていた「かつおのたたき岩」も見てきました。

姫神市では、子供たちや親子連れなどがキッチンカーや屋台を楽しみました。
牟岐町商工会青年部が中心となって販売したミニハンバーグ、フランクフルト、イカ串はすべて破格の¥250!そのほかにも、スムージーやチュロス、くじ引きなどがありました。

18:00からは去年に引き続き、「牟岐スカパラオーケストラ」の演奏がありました。牟岐の若者が中心となり、大阪や東京、長野からも参加したいと仲間たちも駆けつけてくれました!なかなか予定が合わず、前日になりやっと集まって練習ができましたが、ハラハラドキドキ。この切羽詰まりながらも楽しんで演奏する様子が青春という感じがします。

カバー曲に加え、牟岐町で生まれ育った中山拓真さんが、町の姿を歌にした一曲も披露され、いろんな人の想いが重なった演奏になりました。
東京から牟岐を訪れ、滞在している高橋郷さんは「ここに来て、いい意味で経済的主義すぎず、『人間が生きている』ということをまず感じました。そして、町の人たちが町を作っているという感覚を持ちました。」と、言います。
また、練習風景について、「当たり前の日常が全て映画のワンシーンみたいで、『もう本番は明日じゃん!やべー』『明日だけどやろう!』という様子を見て、心に正直な人たちが集まっていて、面白い町だと思いました。」と、言ってくれました。

地元の阿波踊り連の皆さんの演奏と踊りを楽しもうと多くの人が集まってきました。
やはり阿波踊りが徳島の夏を盛り上げますね!!

20:00からは牟岐港で約700発の花火が打ち上げられました!
快晴の夜空に打ちあがった迫力満点の花火を見て、歓声が上がり、終了後には拍手が沸き起こりました。「これまで徳島で見た花火の中で一番綺麗だった」という声も聞こえました。いつもの牟岐の静けさも良いですが、このように人が集まって、話し声が絶えない夜もまた素敵だなと感じました。

↑牟岐スカパラオーケストラの仲間である田口暦さんが撮影

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

星愛七夕まつりに参加しました~大阪公立大学松本ゼミレポート~

2024年7月7日(日)の七夕の日に、星愛七夕まつりが大阪天満宮で開催されました。星愛七夕まつりは、毎年7月7日に大阪天満宮で行われる祭りで、天満天神七夕祭に合わせて開催されます。この祭りは、大阪の夏の風物詩として、また天神祭のプロローグとして定着しています。

この盛大な祭りに合わせて、天神橋筋商店街 3 丁目のおかげ館にて、星愛七夕祭りコラボイベントを実施しました。天神橋筋商店街3丁目と連携した企画は、昨年に引き続き二度目でしたが、牟岐町ゆかりの方々をはじめ、多くの人に足を運んでいただき、充実したものとなりました。

物産品販売

おかげ館の店頭で、牟岐町の関係者と大阪公立大学経済学部松本ゼミの学生が協力して牟岐町の特産品の販売を行いました。物産品販売では、スーパーフードであるモリンガのハーブティー、勝浦の花かつお、実生ゆずのジャムなど、大阪では珍しい魅力的な商品が販売されました。
実際に多くの方々が足を運んでくださり、中には、JAかいふ牟岐女性部の方々の娘さんやお孫さんも来られていて、牟岐二世、三世との繋がりをこのイベントで感じることができました。

メインイベント!!「押し寿司体験」

今年度も企画のメインイベントとして「押し寿司体験」が開催されました。牟岐町の押し寿司は2022年度に、文化庁による「100年フード『伝統~江戸時代から続く郷土料理』部門」に認定されています。
おかげ館において、牟岐町ゆかりの方々をはじめ、多くの方々に参加していただきました。木製の型に実生ゆずの酢飯や具材を詰めて押し寿司を作りました。牟岐町ゆかりの方々をはじめ、参加者のみなさまには喜んでいただけた様子で、会場内は活気と実生ゆずの香りに満ちた和やかな雰囲気となりました。参加者からは「押すのが難しかった」といった感想や、「食べるのが楽しみ」といった声が聞かれました。
このイベントを通じて、多くの方々に牟岐町の魅力を知っていただき、牟岐町や徳島県出身者には故郷を思い出してもらうきっかけとなったのではないかと思います。

「わがまち牟岐町こころ旅」のインタビュー取材

牟岐町では、「人生を変えた忘れられない風景」「大切な人との思い出の場所」「こころに刻まれた音や香りの情景」「ずっと残したいふるさとの風景」などを、牟岐町ゆかりの方々に伺い、牟岐町の情報発信媒体(web、紙媒体)で掲載を行っています。そこで、今回の牟岐町七夕祭りに来場していただいた方々に、松本ゼミがインタビュー取材をさせていただきました。インタビューでは、小学校時代に西浦にある大谷避難広場でキャッチボールやゲームをして遊んだり、砂美の浜でお弁当を作って家族とピクニックした思い出を、懐かしそうに、そしてとても嬉しそうに話してくださっていたのが、とても印象的でした。

「牟岐町七夕祭り」を終えて

今回のイベントでは、牟岐町ゆかりの方々をはじめ、たくさんの方々にご来場いただきました。ご来場いただいた皆様に心から感謝申し上げます。

大阪公立大学松本ゼミは、牟岐町からは離れた場所に住んでいますが、牟岐町と牟岐町外の方々とを「繋ぐ」取り組みを、今後も精一杯行っていきたいと考えています。

今後とも、よろしくお願いいたします。

星愛七夕祭りに参加しました!

7月7日(日)に大阪で行われた星愛七夕祭りに参加しました。
天神橋筋商店街三丁目にある天三おかげ館では、昨年に引き続き、大阪公立大学松本ゼミの学生の皆さんと協働し、牟岐の郷土料理である押し寿司の体験と物産販売を行いました。

牟岐ゆかりの方々や徳島県出身の方々の他、松本ゼミのOB、商店街を歩いていた親子やご老人など多くの方々が来られました。また、天神橋筋商店連合会の役員の方々もお忙しい中、応援に駆けつけてくれました。

牟岐の押し寿司は、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化であるとして、文化庁の「100年フード」に登録されています。JA徳島県牟岐女性部の皆さんによって押し寿司体験の準備が進められ、大きな寿司桶には、実生柚子の果汁をふんだんに使った酢飯が用意され、中に入れる具材や飾り用の具材が用意されました。

牟岐女性部の方々が先生となり、押し寿司の作り方を教えてくださりました。
中に入ると、実生柚子のフレッシュで爽やかな香りに驚く方がいらっしゃり、酢飯に柚子の果汁を使うことが一般的ではない大阪だからこそ、その文化をより強く感じていただけたのではないかと思います。
牟岐女性部に親戚がいるから来たという方は、「普段はおばあちゃんがしてくれる押し寿司を自分たちで体験できたのはすごく楽しかった」とおっしゃっていました。

はじめは牟岐女性部の方々が主となって教えていましたが、途中からゼミ生のみんなもやり方を教えられるようになりました。その様子を見て、牟岐の家庭や地域の中で牟岐の押し寿司が祖母から子へ、孫へ伝わり、100年フードとなったんだと感じました。

子供たちは初めての押し寿司づくりで、具材を中に入れて、可愛く飾りをつけて、ギューッと力を込め、出来上がった押し寿司を嬉しそうに持ち帰っていました。大阪出身の参加された方は「大阪のおばちゃんからしたらどれだけ見た目を派手にするかが大切やからな~」と、中の具材が見えないように酢飯を置くことに驚かれていました。

 物産販売では、勝浦花かつをの鰹節、泉源の干物、実生ゆず茶、ポンジュレゆう、今話題の牟岐茶を販売しました。特に鰹節は香りの高さと価格の安さが魅力的で、すぐに完売!押し寿司で使用した実生柚子の果汁を買って帰りたいという方も見られました。

物産販売や押し寿司体験を通して、「むぎって読むんやな~」「どこにあるん?」と興味を持ってくださる方が多く、牟岐町の存在を知っていただけただけでも嬉しく、意義のあることだと思いました。また、関西から牟岐町に関わっている人たちや商店街の方々と交流できる良い機会となりました。本当にありがとうございます。

次回は、8月25日(日)に天神橋筋商店街で開催される「天神天満阿波おどり」にも参加させていただく予定です。詳細はまたお知らせいたします!

牟岐町の好きな風景(牟岐中学校2年 久侑聖)

あいさつ・自己紹介

こんにちは。牟岐町立牟岐中学校2年の久 侑聖(ひさ ゆうせい)です。
今回、職業体験で牟岐町の好きな景色についての記事を作ってみました。
短めですが、最後まで読んでいただければうれしいです。

牟岐町の好きな風景

僕が好きな牟岐町の景色は、牟岐の大島・津島・出羽島が1度に見える景色です。
この景色は牟岐町の砂美の浜から、古牟岐港の間の道路で見られる景色で、
晴れている日の日中なら基本的にいつでも見ることができます。
今回撮った写真は曇り気味でしたが晴れているときは太陽の光が海できらきらと光っている景色も見ることができます。

(三枚の写真をうまくつなげるとこのようになりました。)

この景色が好きな理由

僕がこの景色を好きな理由は、一面に広がる海を横に見渡すと、3つの島が
浮かんでいるのが見えるからです。僕は休みの日に家族で散歩に行くことがあるけど、
歩いて行っている途中でこの景色を見ると、とても爽やかな気持ちになります。
だから、この景色を見に行くときはぜひ砂美の浜からは、歩いて見に行ってほしいと思います。

(木の間から島が見えている景色もきれいです。)

最後に

この他にも、千年サンゴや出羽島、町中の風景など、牟岐にはいい景色がたくさん
かくれています。僕は景色以外にも、牟岐には何気ないところに魅力が隠れている
と思っています。だから、皆さんにも自分だけの牟岐の魅力を発見していってほしいと思いました。最後まで読んでいただいてありがとうございました!

(写真を撮りに行く途中で見つけたキノコみたいなもの(1枚目)と古牟岐港にとめられている船(2枚目))。

東の町の風景(3、4、5、6枚目)。

英会話教室のピザパーティーに参加しました。 【地域おこし協力隊真武未有の牟岐日記vol.1】

牟岐町海の総合文化センターで毎週水曜日の19時30分から町民のために英会話教室が開かれています。牟岐町で外国語指導助手(ALT)として働かれているデイナー先生は、アメリカのロサンゼルス出身で、牟岐の小中学校で英語を教えて約1年が経ちました。

参加されている方々にお話を聞くと、幼いころから洋画に興味があったり、海外旅行が好きだったりと、海外に興味がある方が多く、英語を使いたい!という方が多いみたいです。また、牟岐町ボランティアガイド会の方も参加されていて、外国人向けに英語でのガイドができるように挑戦されているそう。

6月26日(水)は、デイナー先生の夏休み前の最後の集まりということで、地元の方々10名とデイナー先生でお遍路宿南天の石窯ピザをいただきました。南天の石窯ピザは牟岐町民や牟岐で活動している学生など、ローカルな隠れファンが多い美味しいピザです。店主の木内ミユキさんは普段はお遍路宿をされていて、日本人のお遍路さんだけでなく、海外からのお客さんを相手に日本語・英語・スペイン語で楽しくお話をされています。

MUGIZINE 木内ミユキさん→ https://studio.mugizine.jp/2019/10/31/post-11038/

ピザパーティーが始まると、デイナー先生の横で流暢な英語を喋られている方が…!
「かっこいい!どういう方なんだろう?」と疑問に思っていると、牟岐小学校に勤められている阿部先生でした。

実は「本当に先生なの?!」というのが最初の感想でした。というのも、私は徳島市で小学校、中学校、高校を過ごしてきたのですが、先生たちは英語を教えるプロフェッショナルではあるけれど、先生たちがALTの先生たちと雑談をしている姿を見た記憶がありませんでした。そのため失礼ながら、現地にいるかのようなノリとスピード感で英語を話す人が牟岐にいると思っていなかったし、さらに先生だということにも、本当に驚きました!

日本とは文化も言語も違う国で生まれ育ったALTの先生たちは、日本のライフスタイルやコミュニケーションに混乱したり、孤独感を感じるひともいると思います。しかし、阿部先生がいらっしゃるから、これまでのALTの先生たちが牟岐に馴染み、楽しく働き、ALTを終えた後もまた牟岐に帰ってきてくれる人がいるんだと思いました。

石窯で焼いためったに食べられない美味しいピザにみんなで興奮し、いろんな方々とお話をさせていただき、本当に楽しい時間を過ごしました。最後に、デイナー先生からアメリカのチョコレートをいただきました。また、このように地域の方々と交流できる場に参加したいと思います。

英会話教室は随時参加者を募集しています。

連絡先:牟岐町教育委員会(088-472-0107)
気軽にご参加ください!

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

大盛り上がりだったマリンフェスティバル!

4月28日(日)に古牟岐港公園でマリンフェスティバルが開催されました。
アワビ祭りから名称が変更され、5年ぶりに開催されたマリンフェスティバルは子供からお年寄りまで多くの人が訪れ、大盛り上がり!

会場内には、稚魚の放流、親子港釣り、磯遊びなどの海遊び、SUP体験、大島クルージング、シーカヤック体験などのマリンスポーツ、活魚のつかみ取り、アワビのつかみ取り、砂浜で宝探しなどの子供たち向け体験イベントがありました。キッチンカーやテントで軽食の提供もされました。また、モラスコむぎでは、バランスボール体験や多肉植物寄せ植えワークショップなど、ゆったりと館内で楽しめるイベントが行われました。

会場に着くと、イベント開始の1時間半前にも関わらず、子供たち向け体験イベントのチケットを求め、長蛇の列ができていました!

10時30分から始まった「砂浜で宝探し」では、快晴の中、子供たちが夢中でアワビの貝殻を探していました。
牟岐出身で現在は大阪在住の親子は、牟岐に住んでいるおばあちゃんからイベントを聞いて久しぶりに帰ってきたそう。貝殻と交換したお菓子を抱えて嬉しそうに、「大きな貝取ったね」「海がキラキラやね」と、牟岐の自然を堪能されていました。

「アワビとエビの重量あてクイズ」では、立派で大きな高級食材を目当てに牟岐町の方々、そして他市町村や県外から来られた方の応募がたくさんありました。
13時の答え合わせには人だかりができ、少し緊張した雰囲気がありました。

正解は、2360グラム!「煮つけにしたらおいしいわ」と漁師さんからのアドバイスがあり、回答に近い4人がアワビとイセエビを持って帰られました。

お昼ごはんには、徳島大学の学生さんが運営する「moonlit Cafe & Books」さんの「柚子香るアジたまサンド」をいただきました。今回は市場には出せない小さなアジを使用し、ボリュームを出すためにたまごと挟んでサンドイッチにしたそう。アジのカリカリした食感と柚子の風味がマッチしてすごくおいしかったです!

3か月に1回程度、古本が徳島で回っていくといいなという想いでブックカフェを営業されているmoonlitさん。リーダーの徳島大学医学部3年生の岩田悠利さんは「出店では人が多く、正直大変でした。みんなで作った本棚に置いてあった絵本を子供たちが興味を持ったり、触ったりしてくれたのが嬉しかったです。」とおっしゃっていました。

 午後の「活魚のつかみ取り」では子供たちはもちろん、大人も大興奮!
「大きいんいきな!」「シマシマ取ってきてよ」「掴めんかったらエビがおるよ」と、子供たちに声援を送っていました。普段はできない活魚のつかみ取りに子供たちはキャーッと興奮していました。開始3秒で取り終える子、少し怖がりながらも頑張って触ろうとする子、できるだけ大きな魚にチャレンジする子など様々でしたが、本当にみんな全力で楽しんでいました!
子供たちが取った魚は家に持ち帰ってもらい、捌いて、調理して、食べてもらいます。取っただけでなく、その魚を家族で美味しく食べるという思い出まで心に残ってくれたらいいなと思いました。

「親子港釣り」にも多くの人が参加。子供たちは魚に興味津々で、釣れた魚の名前や種類を確認して「可愛い~」と興奮していました。
中には奈良県から毎年この時期に徳島を訪れているというご家族が参加されており、また牟岐町に帰ってきてくれたんだと嬉しくなりました。

参加者のサポートをしていた牟岐町地域おこし協力隊の石橋山河さんは
「港釣りに行列ができるぐらい人が集まっていたことに驚きました。移住してきて以来、牟岐町にこんなに人が賑わっているのを見たことがなかったです(笑)参加者さんたちにどこから来たのかを聞いてみたら大半が徳島市内からで、牟岐の海の青さと透明度に驚き、感動していたことが印象深かったです。改めて僕も牟岐の海、いいなと思いました。釣り初心者が多く、カサゴやベラ、キタマクラなど釣り人にとっては嬉しくない小さな魚でも、子供たちはどんな魚でも釣れると喜んでくれていたのでよかったです。5年前のアワビ祭りに来てくれたという方もいて帰ってきてくれたんだと嬉しくなりました。」
と、おっしゃっていました。

コロナの影響で5年ぶりに開催され、大盛況で終了したマリンフェスティバル。
皆様のご参加ありがとうございました。来年も牟岐町に帰ってきてもらえるよう、訪れてもらえるよう、今年以上に盛り上げたいと思います!

ライター:真武未有

『「牟岐」と「若者たち」』YouTube公開!!

若者が動くだけで、
町は変わる
かもしれない。

皆はそれを愉しむだけで、
町は変わる。
かもしれない。

若者と過疎化した町の交差する点。

サムネイルの「若者は動く」「町は変わる」と言い切った表現とは違い
動画冒頭の「言葉」は、少し曖昧な表現から始まります。

今回は、「牟岐町」「若者」に焦点に当てた映像として

あくまでも「牟岐町の現在地点」として、御覧いただければと思っています。

「何故、牟岐町に若者が集まるのか?」

牟岐町は今、密かに「若者が集い、活動する町」として定着しつつあります。

人口約3,600人の小さな町。「陸の孤島」とまでは言わなくとも、目的がないと訪れることはほぼない町と言っても過言ではありません。

「じゃあ、なんでそんな町に若者が来るの??」

きっと多くの方々がこの疑問を持たれる思います。

遡ると、2013年からお話をする必要があります。
令和4年度(2023年)に、「2013年〜2023年」10年間の記録を冊子にまとめました。
ご興味を持ってくださる方は、是非ご覧ください。

さて、牟岐町では多数の「若者」が動き始めましたが、今回は5名の若者をピックアップし、活動風景の撮影を行いました。

4つの「Episode」に分けて紹介していきます。

Episode1「故郷」
「花野 修平 さん」
「田中 美有 さん」

Episode2「巡り」
「有賀 春桜美 さん」

Episode3「移住」
「石橋 山河 さん」

Episode4「場」
「下之 坊竜治 さん」

「かもしれない」を現実に

映像は、いかがでしたでしょうか。

これまで大きく注目されることがなかった牟岐町ですが
この10年を経て、若者が集まり、行動を起こす町へと変化し続けています。

「若者」たちは、牟岐町に愛着を持ち、牟岐を大切にしたい、良くしていきたいという想いを根底に、行動の原動力として、自分の「やりたいこと」「できること」に日々向き合い続けています。

個々に想いを持ち、それぞれの形で表現する。

よく、点が線となり、円になっていくと言いますが、
牟岐町は、今日まで築き育まれてきた「文化」を大きな「円」とし、
その「円」に集った「若者」たちが「点」として交差し始めました。

私たちの中で、「牟岐町は変わってきた」という意識が少しずつ共有され始めています。

しかし、まだ現状は大きな可能性にしか過ぎず、町全体で変化を共有できているわけではありません。

牟岐町で過ごす、関わる一人一人が、「変化」をポジティブなものとして「分かち合える」未来を切り開いていきたい。

そのために「若者」がひとつの起点となり、これからの牟岐町を担う主体や伴走者として
牟岐町をカタチ作っていく「未来」の実現を目指していきたいと思います。

「かもしれない」を現実に…

これからの「未来」を希望的に描いていくための「現在地点」として
この映像を残すことができたことを、大変嬉しく思います。

出演者に関する記事

今回、取材した5名に関する記事を紹介します。
是非、ご覧ください。

花野 修平 さん・田中 美有 さん
人が集まる風景に魅力を感じて – 【灯閑(とうかん)】花野修平さん・田中美有さんhttps://studio.mugizine.jp/2023/11/27/post-12590/

有賀 春桜美 さん
【HLAB TOKUSHIMA-MUGI ホームカミング開催】牟岐のこれまでとこれから
https://studio.mugizine.jp/2024/04/24/post-13698/

石橋 山河 さん
釣りが出来る環境を求めて – 牟岐町地域おこし協力隊 石橋山河さんhttps://studio.mugizine.jp/2023/10/20/post-12481/

下之 坊竜治 さん
自由に表現する事を伝える場所-【遊観】下之坊竜治さん・堀江奈々子さんhttps://studio.mugizine.jp/2023/12/11/post-12684/

【HLAB TOKUSHIMA-MUGI ホームカミング開催】牟岐のこれまでとこれから

HLAB×牟岐町のホームカミングイベントが開催されました!

2024年1月13日、SHIMOKITA COLLEGE(東京都世田谷区)にて、「HLAB TOKUSHIMA-MUGI ホームカミング(以下ホームカミング)」が開催されました。

2014年8月、牟岐町でHLABによる「徳島 × Summer School 2014」が開催されてから10年。HLABと牟岐町の繋がりは、今でも濃い状態を保ったまま、世代を超えて繋がり続けています。

今回のホームカミングは、これまで牟岐町で開催されたサマースクールに関わった過去大学生運営委員をメインに招待し、総勢50名を超える卒業生(HLABではアラムナイと呼ばれる)が集結しました。

当日は、まぜくりやローストジビエといった牟岐町の食材を使った数々の料理が振る舞われたり、関わりのあった地元の方のメッセージ動画が流れたり、サマースクールで使用したグッズの展示があったりと、サマースクール運営時以来の「牟岐の味」と「牟岐の人」に、皆が顔を綻ばせていました。

また、久しい再会の面々では、話が盛り上がる様子も見られました。

ホームカミングに来ていた皆が、牟岐を懐かしみ、思い出し、想いを馳せる時間となりました。

参加した方々からは、

「久しぶりのみんなに会えたり、『牟岐』という共通項で新しい人たちと知り合えたり、とても充実していました。」

「久しぶりに徳島で開催したHLABの関係者が一堂に会して、牟岐の味に舌鼓をうちながら、思い出話に花を咲かせることができて幸せな時間でした!牟岐という土地の魅力がなければ、10年経ってこれだけの人数が集まることはなかったと思います!」

「美味しいご飯と懐かしい仲間に会えて本当に素敵な時間でした!!このような機会を作ってくださった運営の皆さんありがとうございます!ぜひ牟岐でも開催お願いします。」

といった声が聞こえました。

牟岐町とHLAB、10年という節目。

残念ながら今はサマースクールは開催されていませんが、サマースクールを通して牟岐に出会い、牟岐を愛したたくさんの人たちは、「牟岐」を共通項として、これからも繋がり続けるでしょう。

牟岐のこれまでとこれから、と私

申し遅れました。私は徳島県阿南市出身の大学生、有賀春桜美と申します。

私は高校1年生の時、牟岐町で開催された「HLAB TOKUSHIMA 2017」に参加し、それを起点として、7年を経てもなお、牟岐町と関わるに至っています。

また、今の牟岐は「若者が雑多に交わる、全国を見てもあまり例を見ない町」になってきました。

「HLAB TOKUSHIMA 2017」に参加した経験

小学生の頃に徳島県に引っ越して以来、牟岐町には他イベント等で何度か足を運んだことがありました。

「牟岐」が私にとって特別な場所になったのが、このサマースクールでの経験でした。

もちろん、全国から同世代が集まり1週間という時を共に過ごすので、出会った人のインパクトは欠かせないものです。しかし、人と同じくらい、場所としてのインパクトがありました。

宿泊場所であった牟岐少年自然の家から少し歩くとそこにはいつも海がありましたし、サマースクールのプログラムで疲れた私たちのお腹を満たしてくれるのは婦人会の方が作ってくれる地産地消のおいしいおいしいご飯でしたし、牟岐あんどんの会の人に教えてもらいながら作った行燈を皆で夜に灯しながら見上げたあの星空は、今でも忘れることはできません。牟岐の人と自然は、私のサマースクールの思い出を実に特別なものにしてくれました。

また来たい、またこの仲間たちと、ここで集まりたい、と強く思いました。

こう思うのはきっと、私だけではありません。

2014年からサマースクールが開催され、牟岐町に足を運んだ全てのよそ者の大学生・高校生は、同じような印象を抱いているのではないでしょうか。

「徳島SDGsスタディツアー」との出会いと、牟岐の観察

参加してから5年が経ったある日、高校生の時の思い出を胸にHLABに戻り、サマースクール運営委員として活動していた私に、牟岐町でこれから始めるプログラムに関わらないかというお話をいただきました。

これが今の「徳島SDGsスタディツアー(以下スタディツアー)」となったわけですが、これをきっかけに、私はまた牟岐町に足を運ぶようになりました。

スタディツアーは、主に徳島県内の高校生数名を対象に、「SDGs」をテーマとして行われる1泊2日のプログラムで、HLABのサマースクールでメンター経験を持つ大学生が運営を主に担っています。2022年度から始まり、他の町も含めて既に4回開催しています。

牟岐編では、「食とSDGs」をテーマとして、実際に皆で足を運び、目で見て、五感を使ってSDGsを体感し、それを元に皆で環境問題やSDGsにまつわる課題について考えるというプログラムを行っています。

先に述べたように、今の牟岐は頻繁に様々な人が訪れ、面白いことが表面的に見えるような印象を抱きますが、少し前、特にコロナ禍ではむしろ沈黙という言葉が似合うような、静かな場所だったように思います。

このスタディツアーの運営を通して、牟岐町を頻繁に訪れるようになった私ですが、初回開催の2022年11月当時は「時間が極めてゆっくり進む場所」という印象で、自分とじっくり向き合いたい時や、無垢な自然環境に包まれたい時に訪れたいと思う場所でした。

しかし、訪れる度に観察するように牟岐で過ごしている私ですが、その印象もここ1年と少しで大きく変化していると言えるでしょう。

HLAB TOKUSHIMA-MUGI ホームカミングの運営で見えたもの

冒頭で述べた、牟岐町とHLABの10周年を記念するホームカミングイベントに、私は牟岐町とHLABどちらにも現役で関わる大学生として、運営に携わらせていただきました。

参加した幅広い世代のアラムナイを見て感じたのは、

ここにいる少なくとも50名には、帰りたいと思える場所がある

ということでした。

サードプレイスの必要性が叫ばれる現代ですが、自ら「ここが第3の居場所だ」と思える場所を見つけることは、容易ではありませんし、その継続性も人によってさまざまです。

ただ、このイベントでは10年分の牟岐町に関わった人たちが集い、「牟岐」というキーワードを通して、世代を超えてフラットに交流していました。

サマースクール初期に関わって10年経った人も、2023年になって初めて足を運んだ人も、「牟岐町は帰りたい場所である」と言う。それはまさしく、牟岐の奇跡だと感じました。

2014年以来、サマースクールの開催を通して、毎年多くの若者が徳島県南部の小さな町に活気をもたらしたことは言うまでもありません。

しかし、それだけではなく、牟岐という町が、サマースクールに関わった我々に大きな意味を持つことも確かなのです。

最近牟岐で起きてるコト

コロナ禍を経て、人の出入りが停滞していた牟岐ですが、2022年夏にセルフリノベーションをして始まった拠点「turm farm」と2023年夏から稼働している「高台ハウス」の誕生を皮切りに、今では毎週全国各地から大学生が訪れ、滞在するようになっています。

実は、HLABのサマースクール自体は、さまざまな事情の末、2021年度を持って終了しています。もはや、今の牟岐にあるものはHLABのサマースクールだけではありませんし、訪れる人はHLABの大学生だけではありません。

訪れた若者が雑多に交わり、化学反応が起きる場所

繋がりが繋がりを生み、様々な人々が訪れる場所

その時に訪れた人同士が交じり合い、自然と対話が生まれる場所

そんな印象を今の私は抱いています。

このような場所は、あまり他では見たことがありません。

願わくば、その輪により幅広い世代を巻き込むようにできれば、という想いです。

さいごに〜究極の関係人口として〜

1つのサマースクールをきっかけとして、10年を経て大きく変化した牟岐町。

私は牟岐の生まれでも、移住者でも、ここで何かを自ら興している者でもありません。

時に牟岐に連れてきたい人を連れ、その度に牟岐を観察する訪問者でしかないのです。ただそれを、究極の関係人口であると言うこともできます。

私はその究極の関係人口として、これからも牟岐を訪れ、観察し、楽しいことには混ざっていきたいし、他の関係人口がより長く深く牟岐と繋がれるように、その当事者でありたいと思っています。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ライター:有賀 春桜美

長野県生まれ、徳島県育ち

鳥取大学農学部在籍

伝統行事の浜節句に参加!

牟岐町の皆様、こんにちは。
牟岐町地域おこし協力隊の真武未有(またけみう)です。

4月3日(水)の浜節句に参加させていただきました。
近年、小島の浜で行われていた浜節句ですが、
この日はあいにくの雨だったためモラスコ牟岐の館内でお弁当をいただきました。

浜節句とは…
桃の節句を1ヵ月遅れで祝う海部郡内の伝統行事。
昔は家族の一大イベントで子供から大人までが春を楽しむ風習だった。
晴れた日の浜節句の様子はこちら↓
https://studio.mugizine.jp/2019/04/04/post-10601/

私は大学時代から牟岐町にお世話になっているので、
今回が私にとっては2回目の浜節句でした。
幅広い世代の方々が集まり、わいわいと浜節句を楽しみました。

 私が食べたお弁当には、
徳島の郷土料理である金時豆入りばら寿司やおはぎが入っていました。

NPO法人ひとつむぎの中山知華さんが食べていたお弁当には、
牟岐の押し寿司、太刀魚の握り寿司、ナガレコの煮付けなど、
牟岐町の伝統的なものが入っていました。

今回の浜節句には、牟岐町と関わりのある若者2人、大阪公立大学4年生の阪本華さん、谷尚俊(なおとし)さんも参加されていました。

浜節句の起源や歴史、当時の様子などを調べ、伝えてくれた阪本華さんは、
「菱餅を模した羊羹や、松竹梅の形に抜かれた押し寿司。浜節句の料理には、牟岐の食材を大切にしながら節句を祝う工夫が多く見られました。インターネットや交通の発達で欲しいものがすぐ手に入る今、身近なもので楽しむ浜節句から学ぶことはたくさんあると思いました。」と、コメントしてくれました。

谷尚俊さんは、
「浜節句は、地元の食材を食べ、地元の砂浜で遊ぶという、牟岐愛を育む大切な行事だったことがわかりました。当時の話を聞いたり、写真を見たりする中で、浜節句は子供のころの大切な記憶として残っているんだと感じました。牟岐を離れた皆さんが浜節句のために帰ってきたり、食べたものを覚えていることに驚き、それほど印象深い行事だったんだと強く心に残りました。」と、コメントしてくれました。

谷さんは別日にJAかいふ牟岐女性部の方々と一緒に姿寿司を作られました。
「食文化の調査では、鯵の姿寿司づくりを体験し、いつもと違う作り方に特別感を感じました。正直、骨を抜いたり、塩を振ったり、酢に付けたりと、手間がかかる大変な料理だと思いましたが、硬い部分や皮のついたまま食べられるように工夫されているところに食文化を感じました。そのような手間や気遣いと、魚であることを強調する見た目であることが、ハレの日を表していると思いました。」

また、谷さんは今回、関係人口として牟岐町に3週間ほど滞在したことについて、
「僕は勉強の息抜きとして牟岐に滞在していたのですが、牟岐町で3週間程過ごしてみて、思った以上に地元の方々と交流ができたり、同世代の人たちとも話すことができました。話しやすい人が多く、一兄ちゃんとして接してくれたので、よそ者感を感じることなく、牟岐町に愛着が湧きました。特に3月下旬に行われた「出羽島ミニアート展&ミニコンサート」では、開放的な雰囲気で、いい意味で気を使われず、だんだんと牟岐町が自分の居場所に変化していきました。」と、この滞在を通して、牟岐町を好きになったという想いを伝えてくれました。

その後、浜節句に参加していた牟岐の子供たちが、浜節句はどのような行事だったのか、
どのようなごはんを食べていたのかなど牟岐で生まれ育った方々にインタビューしました。

地域の方々が浜節句の思い出で盛り上がっているのを見て、1年に1度、家族にとって本当に特別な行事だったということを実感しました。家庭や年代、地域によって遊山箱に入れるものや順番が違うことは個性があっておもしろかったです。また、浜節句という名前だけど、地域によっては山や川沿いでも楽しんでいたということは意外なことでした。

浜節句は幅広い方々が集まり、繋がれる大切な伝統行事だと感じました。しかし、昔に比べると、その文化は衰退傾向にあります。牟岐町に住んでいる方、牟岐町と関わりがある方、牟岐町出身だけどなかなか帰れていない方など、来年はみんなで一緒に浜節句を楽しめたらいいなという想いが強くなりました。

県庁マルシェに参加しました

4月12日(金)に徳島県庁で行われた県庁マルシェに参加しました。徳島県内の各自治体が出店しており、徳島県の魅力が集まったマルシェとなりました。
牟岐町からは実生ゆず果汁やポンジュレゆう、モリンガ茶やうるめ丸干しなど、様々な物産を販売しましたが、中でも勝浦の花かつおは開始30分、実生ゆず茶は開始1時間で完売しました!

牟岐町で活動している徳島文理大学食物栄養学科のもちっとむぎゅっとの会の学生さんたちは活動の展示と発表があり、NPO法人ひとつむぎのメンバーは販売の応援にかけつけてくれました。もちっとむぎゅっとの会が作成したモリンガレシピ集は、モリンガパウダーを使ったレシピが盛りだくさん。おにぎりやキッシュ、ホットスムージーやわらび餅までバラエティー豊かです。

今回は、牟岐町産モリンガと阿波藍のお茶「牟岐茶」の試飲、販売も行いました。
「牟岐茶」とは、栄養素を豊富に含み、スーパーフードと呼ばれるモリンガと綺麗なエメラルドグリーンの阿波藍のお茶です。来場された方々はオシャレで他にはあまりないインパクトのある見た目に興味を持たれていました。そのままでも美味しいのですが、そこに実生ゆず茶を入れると、深く美しい透明感溢れる紫色に変化し、ゆずの香りがプラスされます。

試飲された方々からは、ゆずを入れた時の色の変化におぉ~と笑みが溢れる表情が見えたり、「ゆずを入れるとより飲みやすくなる」「色が可愛いし、変化するのに感動する」というお声を聞くことができました。試飲をしてから牟岐茶と実生ゆず茶を買ってくれる方が多く、美味しさ、体に良いところ、見た目の可愛さが魅力として伝わったのではないかなと感じました。

県庁マルシェに参加してみて、もちっとむぎゅっとの会のみんなが魅力を伝えてくれたり、ひとつむぎ大学生たちが販売をしてくれたり、牟岐町で活動する大学生や若者が主体的に動いていることが牟岐町の魅力だと感じました。
私も含め、牟岐町出身者以外の人が牟岐町のファンであり、主体的に活動していることは、他の地域にはあまり見られないことで、これからも「また帰ってきたい第二の故郷、牟岐町」で在りたいなと思いました。

ライター:牟岐町地域おこし協力隊 真武未有