生まれも育ちも東京という林宏通(はやしひろみち)さん,38歳。
約一年前に東京から阿南市へ家族ごと移住。そして阿南市に住みながら牟岐町では集落支援員として関わることになりました。
そんな林さんはなぜ移住をしようと思ったのか、また移住から集落支援員までの経緯を中心に今回はお話を伺ってみました。
これから移住をしてみたいと考えている方々の参考になればと思います。
子供の小学校入学を機に移住を決意
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”林さんは移住されたとお聞きしました。林さんの出身はどちらですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”東京の日野市ですね。生まれも育ちも東京育ちなんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”今は阿南市に移住をされたということなんですが、そんな経緯をお聞かせいただけたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”理由はふたつあって、まずは子供の存在ですね。この春に小学一年生になった子供の存在と、もうひとつは東日本大震災以降、東京に住み続けるのに疑問をずっと持っていたってことですね。東日本大震災が起きてからずっとモヤモヤとしていまして、その翌年に子供を授かり、生まれたことによって、いつか東京から離れようという感覚はずっとあったんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”東京ではお仕事はどんなことをされていたんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”10年ぐらい普通のサラリーマンをしていましたね。医療関係を中心にした会社の流通関係をコトをやっていました。なので丁度一年ぐらいまで仕事をしていましたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そのお仕事を辞めて阿南市へと移住をされたってことですよね?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”そうですね、辞めて移住する大きなキッカケとなったのは、会社に10年も務めているとそれなりに上の立場になっていき、益々責任を持って仕事をしていかなければいけない過渡期だったんです。
特にその仕事が好きで会社に勤めていたわけではなかったので、このまま会社に尽くしていけるのかと自問した時に、「いや…この会社にあと30年居るのは無理かな…」と。
そこに子供が小学校に入学する時が近くなってきていたので、フリースクールであるNPO法人自然スクールトエックに入学させるために阿南市に移住をしたというわけなんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
トエックWEBサイト
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど、それで阿南市に移住をされたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”子供が小学校に入学をしちゃうと友達関係とかが出来上がってなかなか引っ越しが難しくなるのかなと思ったので、移住をするならこのタイミングかなーと思って移住をしたんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”全国にフリースクールっていくつかあると思うんですが、トエックが良かったと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”実際にいくつか見に行ったりもして、行けないところはネットなんかで調べたりして。トエックは実際に見に来てみて環境も良さそうだしって感じて、すぐに決めましたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
ちょっとしたキッカケから集落支援員へと

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”移住してから阿南の方ではお仕事はされているんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”していないですね。自分で仕事を始めるにしろ、1,2年は完全に白紙で行こうと決めていて。ただ、折角田舎に来たんだからまたサラリーマンをするという選択肢は無いのかなと思っています。
自然が好きなので自然に関わる仕事がしてみたいなーと漠然と考えてはいるんですが、そうした自然関係の仕事ではなかなか食っていけないという現実問題もある中で、牟岐町の炭窯の後継者を探しているということを、知人経由で牟岐町の元地域おこし協力隊の中井くんからお話を聞いたことから牟岐町へと関わることになったんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それをキッカケに集落支援員になられたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”そうですね。炭窯の見学に来た時に、後継者は欲しいけど炭作りでは食べていけないというお話も聞いたので、今後どうやって関わっていこうか悩んだんです。でも一先ずノウハウや技術を知るために手弁当で通って学ぶことにしたんですが、間もなくして牟岐町の産業課の人たちや町の人たちの提案によって、今年の春から集落支援員として関わらせてもらうようになったという感じです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
集落支援員として、炭窯から炭を取り出す作業をしている林さん。
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”集落支援員になられてから約半年ぐらいですね。集落支援員として活動してみてどうですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”春から今まで3回ほど炭を焼いたんですが、炭窯での炭作りのサイクルがようやく分かってきたところですね。7月からは炭窯を作り直したこともあり、そうした一連の流れも見ることが出来たので、準備が整ってきたという感じですかね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
炭窯をキッカケに場作りを
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”炭窯以外に集落支援員として活動していることってあるんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”実は自分が炭窯で炭を焼く技術を身につけるというよりは、炭窯のある場があるので、そこを使って多くの人が集まれるような場作りや、広報的な役割をしていくのが、ボクの集落支援員としての立場なんです。
なので、半年間炭窯に一通り関わったことで準備が整ったので、これから人を呼び込んでいくことが今後やるべき事ですね。
実はすでに7月8月に窯作りのイベントを開催しました。
7月は30人、8月は50人ぐらい来てくれて。そのうち来てくれた人たちは県外の人たちで。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では、今後はそうしたイベントを加速させていくイメージでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”そうですね。秋からは炭窯で焼く日っていうのを決めて定期開催していこうと思っています。
自然のサイクルで炭窯で焼くので日を決めてイベントを開催って難しいんですが、そうしたことを前提で参加していただけたらとは思っています。もちろん、焼く日がイベントの日とズレてしまったら来てくれた人が楽しめる何かは必ず用意しておいたり。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そうしたことを広報していく媒体はあるのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”今の所、Facebookページですね。こちらでイベント情報だったり、日々のことを発信するようにしています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
先日行われた8月のイベントの様子もなども。
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”しかし50人も来てくれるってすごいですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”先ずトエックの人たちに声をかけて。トエックに通っている親御さんたちはフットワークが軽い人が多いので。あとは東京から遊びに来たいって人たちが居たので、タイミング良く来てくれました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”東京から徳島の山奥まで!スゴイですね!まさに林さんだから出来るコトだと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”引っ張り込みました(笑)
この日は炭窯を作り直しているときだったので、皆さんにお手伝いしてもらいながら、ジビエバーベキューなんかも用意して楽しんでいただきました。
炭窯がすでにあるから今は炭窯が中心になっていますが、今後は炭窯もあるけど、他にも色々楽しめる場作りをしていきたいと思っていますね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]
[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”最後に林さんの様に牟岐に関わっている方から是非牟岐のいいなーと思ったところなんかをお伺いしたいです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]
[code_balloon position=”right” name=”林さん” text=”やっぱり、海があって、川があって、山があるっていうのが、自分にとってすべてそろっているなーと感じましたね。東京に住んでいたころは海は当然ありますけど片道二時間かけて行くようなところなので。
だから田舎は何にもないって言う言い方をされたりもするけど、自分にとっては何でもあるように感じますね。もし今住んでいる人たちが何もないって感じるんだとしたら、それはすごく勿体ないことだと思いますね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2019/08/2343943fa28e19e9639e12a091f73a10-e1566972674805.jpg”]

とにかく自然が好きで、これから次や、次の次の世代に向けて、自分たちが今しているコトが恥ずかしくなく、そして持続、継続していけるコトをやっていくべきだとも強くお話をしてくれた今回のインタビュー。この資本主義のなか、そうしたコトと真剣に向き合って形にしていくのは、林さんに限らず、都会でも地方でも日本に住む人々にとっては簡単なことではありません。
ただ林さんと話をしていると、一人一人が焦らず、じっくりと時間をかけて行っていけば、持続可能な社会になっていくのではないだろうかと感じた次第です。

今回の牟岐人

林宏通 (はやしひろみち)
この日は15時から出船です。
写真左がSUP体験を教えて下さる木村さん、体験するのは私と、地域おこし協力隊として活躍している石崎さん(写真右)。
船にはSUPが。こちらを使って体験してきます。
船を15分も走らせると牟岐大島へ。
海上パレードの時に正面から撮れなかった「珍宝岩」もこの通り。
到着したら先ずはビーチに降ろしてもらいます。
ビーチはこの向こう側。
湾内にはこんなビーチがあるのです。海漁丸は向こうの筏に停泊。
木村さんがSUPをビーチまで持ってきてくれます。
早速教わっていきます。
パドルの使い方の基本やコツを教わり…
早速実践です。最初は座って実践です。
すぐに出来るようになるため、ものの数分で立って実践です。
さて私も。この手のアクティビティは苦手意識(カヤック)がありましたが、SUPめっちゃ簡単ですね。海の上に浮いている浮遊感も気持ちよく、安定感もすごいです。
木村さんと一緒にずんずん進んでいきます。
15時も過ぎて西日がいい感じです。
湾内の入り口付近までも。このあたりまで来ると多少うねりがありますね。
水中の浅瀬では青い熱帯魚たちがちらほら。
約1時間30分ほどでしょうか。牟岐大島の湾内をクルージングして楽しむことができました。
時刻も17時を過ぎ、牟岐へと帰港。
奇祭とは見ての通り。
八幡神社にて、神事、奉納を終えて牟岐大島行きを待機しているシンボル像。
14時から出港を前に、牟岐町役場の方々が港まで運びます。
船にご神体を乗せて準備完了。
乗船するお客さんやギャラリーも増えて、皆さん珍しさにここぞとばかりに写真を撮っていました。
皆さんワクワクしながら乗船。
一先ず全船出港です。
同乗していた皆さんもワクワクです。
写真では伝わりにくいですが、海は結構なうねり。
波を切りながら快走していくシンボルを乗せた船。
悠々と海を走るシンボル船。珍景ながらもなかなか勇ましく見えますね!
お客さんを乗せた船も一緒に次々と牟岐大島へと向かっていきます。
牟岐大島の湾内に到着。ここまできたらうねりもなくなります。
湾内の手前では大漁を祈願して神事が行われます。
魚を海へと奉納します。
イサギやら真鯛やら。漁師さんの大漁祈願です。
神事、奉納が終わりましたらこちら。
飾りが終わったら、男性陣はここから飛び込みます。
飛び込み終わったら牟岐大島を後にします。帰りは詳しいことは分かりませんが、きっよ黒潮の関係なのでしょう。うねりもなくあっという間に帰港しました。
というわけで、今回は牟岐町で毎年行われている姫神祭りの海上パレードに参加をしてきました。
先ずは井上さんのお宅にてシャワークライミングをする準備します。
必要となるものはこちらでレンタルすることも可能です。岩を登っていくため滑りにくいブーツや。
渓流の水温は夏と言っても非常に冷たいです。寒さ対策としても、怪我の防止としても、また浮力があるため溺れる心配もなくなるウェットスーツも。
ヘルメットも必須です。
そしてライフジャケット。ウェットスーツと合わせると淡水でもかなり身体が浮きます。
準備が出来たら早速現地へ。
ある程度の所まで準備を万端にして後は歩いて行きます。
シャワークライミング前の良い運動になります。
5分も歩かないうちに滝へとつながる山道の入り口に到着。
場所によってはロープを使って降りていきます。
木の幹も使って降りていきます。
ここも自力で登ります。ここを登ってからシャワークライミングスタート。
よく体を伸ばしておいてくださいと井上さん。
体をしっかり伸ばしたら早速ガンガン登っていきます。
所々に滑り台ポイントもあります。
水量が多いため流されがちですが、ウェットスーツとライフジャケットがしっかりと体を浮かせてくれます。
休憩ポイントではありませんが、水温の低さのため軽く休憩。井上さんが温かい紅茶を持ってきてくれています。
こんな滝ポイントが幾つもあります。
水量の多いせいか、時には半身が浸かるほどの水量に押されながら進んでいきます。
一時間ほど登ってきたでしょうか。
休憩ポイント。
温かい紅茶をいただきます。冷えた体に染み渡ります。
そしてここが終点。喜来の滝です。
参加者さん飛び込みます。
滝の裏側にも入れたりします。
帰りは山道があるため、そちらを使って戻ります。
2分も歩けば入り口の山道へと戻ってきました。
準備から終わりまで約3時間ほどでしたが、あっという間に時間が過ぎてしまいました。
例えば親子さんと体験出来るカヤック。
テナガエビを捕ったり…
鮎を突いて食べたりすることも出来る体験も。ご家族の希望に合わせてプランを組み立てられるそうです。
お子さんのレベルに合わせたシャワークライミングも体験出来るため、ご家族の方の参加が多いそうです。興味を持たれた方は一度















大西浩正(おおにしひろまさ)さん 56歳
2015年第一回通常総会後の集合写真。ひとつむぎ初期メンバー、過半数以上が県外大学から参加。
2015年春、ひとつむぎが中学3年生対象の「シラタマ活動」に着手。大学生指導のもとアイデア出しの作業に取り組む中学生。
2016年春、東大生を含むHLAB TOKUSHIMA2014メンバーらがゲスト参加して開催した中高校生向けワークショップ。テーマは「VS東大」。
2016年から夏・春の長期休暇中に開催している高校生対象の合宿型セミナー。(ローカルハイスクール スプリングキャンプ・サマーキャンプ)全国各地から地方創生や教育などの分野で活躍するゲストが登場。
牟岐町の地域行事にも参加(2018年町民共楽運動会の様子)。
現在のシラタマ活動の様子。大学生、中学生とも女性優位の状況。地元大学生が中心になり活動頻度を上げている。
今年のシラタマ活動のアウトプットイベント「むぎいろフェスティバル」のテーマ。
第十八海漁丸船頭 山下洋介さん(37歳)
写真提供:木村悠
写真提供:木村悠
写真提供:木村悠

写真提供:山下洋介
写真提供:木村悠
写真提供:木村悠
写真提供:木村悠
写真提供:木村悠






















