1/26 coffee stand 灯閑(とうかん) にお邪魔しました

令和7年1月26日 (日) に「coffee stand 灯閑(とうかん)」 が開催されました。

今回は1/22~2/5までワーキングホリデーで牟岐町に滞在していた私、けんちゃんこと南井賢大が当日、訪れてみての感想をお伝えしていきます。

coffee stand 灯閑とは?

「coffee stand 灯閑」は、牟岐町駅前の交差点、旧東観サービス横の古民家を使い、コーヒーや地元の特産物を扱ったドリンクを提供する不定期開店のコーヒースタンドです。

コーヒースタンドを営んでいるのは、牟岐町出身の花野修平(はなのしゅうへい)さんと田中美有(たなかみゆ)さん。

花野さんは大阪で、田中さんは東京で、それぞれ社会人として活躍し、牟岐町に帰ってきたタイミングで灯閑を開店しています。」

地元出身の2人だからこそ提供できる「まちを表現したコーヒー」は、この町の人、そしてこの町に訪れるなど、多くの人に親しまれています。

https://www.instagram.com/mugi_toukan?igsh=eXNjOG5rancydmUy

↑灯閑のInstagramです。開店日時などの情報を発信しているので要チェック!!

“ほっ”とカフェオレ

まろやかなミルクの甘みの中で、しっかりとコーヒーが香り、苦味と甘味と酸味がほどよく調和されていて、どこか安心感のあるこのカフェオレ。

飲んだ瞬間思わず笑みがこぼれました。

↑その場で淹れてくれました。淹れたてはとっても美味しかった。

コーヒーを通して生まれる交流

何よりよかったのが、カフェオレを通してお店に訪れる人たちと交流できたことでした。

「ここに来られるのははじめてですか?」

そんな会話から素敵な出会いがたくさんありました。

海陽町でカバンをつくっているお父さんや地元で働くお兄さん、農家さん、田中さんのご家族などなど、カフェオレを通じて生まれた緩やかであたたかいコミュニケーションは、とても心地よいものでした。

牟岐に訪れて間もなく、ここから2週間やっていけるのか。

不安に苛まれていた私を少し晴れやかにしてくれる、不思議な場所でした。

コーヒースタンドから“日常百貨店”へ

この日だけでなく、これまでコーヒースタンドとして町内外の人に、たのしいひとときを与えてこられた灯閑。

訪れる人の日常にもっとたくさんの「たのしい」をつくるため、コーヒースタンドに加えてシェアキッチンやホテル、セレクトショップなど様々な機能を併せ持った “日常百貨店”として、2025年5月よりリニューアルする予定です。

https://note.com/to_kan/n/nf63ae3de3cdf

↑ お2人の想いと灯閑のこれからがわかるnote記事です。ぜひご覧ください。

また、次回は、2/15 (土), 2/16 (日)に開店予定ですので、足を運んでみてはいかがでしょうか。

まちに灯りをともす、灯閑の応援をよろしくお願いします!

記事作成
南井 賢大

牟岐町民として中から魅力を伝えていきたい – 【牟岐町役場】田岡佑輝さん

今回お話を伺ったのは田岡佑輝さん26歳(たおかゆうき)。徳島県阿南市出身の田岡さんは現在、牟岐町役場の産業課に勤務をしています。大学時に携わった”まちづくり”や”教育”に関する活動経験が牟岐町へと移住をするキッカケとなったそうです。その経験とは一体どんなモノ・コトだったのでしょうか?

興味は”まちづくり”と”教育”

– 田岡さんは元々どこの出身でしょうか?

出身は徳島県阿南市の羽ノ浦という町です。牟岐から車で1時間ぐらい離れたところで、生まれも育ちも羽ノ浦です。

– 小、中、高も阿南市でしょうか?

そうです。小学校も中学校も高校も。高校は阿南の富岡東高校というところでした。

– 阿南市出身の方が牟岐町役場で働くことを決め、牟岐町に移住をされたわけですが、牟岐町に関わるキッカケはどこにあったのでしょうか?

キッカケはちょうど徳島大学に入った時に部活やサークルを決めたりする中で、たまたま学生団体を紹介するイベントみたいなのをやっていて、このイベントで『NPO法人ひとつむぎ』が「こういう活動を牟岐でしてますよ」と紹介をしていて、僕はちょうど”まちづくり”とか”教育”に興味があったので、では参加してみようかというのがはじまりでした。

NPO法人ひとつむぎウェブサイト

NPO法人ひとつむぎ
徳島県南部にある牟岐町を拠点に、教育やまちづくりの支援を通じた地方創生を目指して活動するNPO法人。

– まちづくりとか教育とか、そうしたコトに興味をもっていたんですね。

はい。大学は総合科学部という、結構「何でもできます」といった学部だったんですけど、その中でも僕が一番興味があったのがまちづくりで。ちょうど自分が高校から大学に進学する時に、上勝とか神山のまちづくりの本を読んでいて、そうしたコトに興味があったので。そこでひとつむぎの活動が引っかったといった感じです。

– それだと2015年ぐらいの話でしょうか?

ええーと、2017年ですね。大学入ったのが17年ですので。

– 1年生の時からひとつむぎに入って活動をしていたと。

そうですね。大学4年間ずっと活動をしていました。

– ひとつむぎ以外で他に活動はしていなかったのでしょうか?

ひとつむぎと似たような活動のまちづくりサークルみたいなのにも入っていましたけど、そちらは活動自体が長く続かなかったですね。でもひとつむぎはずっとです。1年の頃からずっと関わってました。

– ひとつむぎでは具体的にどんなことをしていたのでしょうか?大学生ということは、ひとつむぎの活動をサポートする運営の方で活動をされていたんですよね?

そうです。参加する方じゃなくて運営側としてです。イベントを企画したりとか。まちづくりと教育で分かれていて、教育の方は中学生や高校生のキャリア教育が中心ですが、勉強を教えるというよりはこどもたちに自主性とか協調性を伝えるといったことだったり。例えばこどもたちがどんどん少なくなってきていて、同じこどもたちの関係性がずっと続いていく上で、それをどうやって解決していくか?といったことが課題としてあります。これを地域の大人の方と協力しながら、こどもたちが自分たちで勉強じゃない部分で成長できるようなプログラムを考えて、最後は成果発表みたいな形でしていました。

もう一つがまちづくりで、出羽島をフィールドにして島の人のコミュニティを作れたらということで、移動できる図書館を設置したりとか。あとは聞き書きといって、こういう形(インタビューを行っているような)で島の人の話を聞いて、その人の人生を聞き残して、それを例えばお孫さんとかお子さん読んで貰って、ああ、こういう人がこういう経験したんやないうのを文字で残すといった活動をしていました。

写真提供:田岡さん

あとは出羽島だけじゃなく、町の方でも秋祭りとか町民運動会に参加したりとか、町のちょっとした困りごとみたいなのも手伝いながら2つの軸で活動をしてました。

– 田岡さんはそうした活動をすることに”楽しさ”を見出していたのでしょうか?

そうですね。まちづくりだと、イベントをやったりするとパッと目に見えて成果が見えるというか。出羽島であんどん展というのをやったのですが、その時町の方に相談して協力してやらせてもらって。そしたら島の方々も喜んでくれて。教育に関してもこどもたちの成長が見えたりしたので。そうしたことが自分の中でやりがいとなり、次に繋がっていったかなと思います。

写真提供:田岡さん

– 大学生だともっと遊びたいとかゲームをして楽しいとか、そうしたことの方が単純に楽しいことではないか?と感じるのですが、田岡さんはなんというか、まちづくりという社会の中でやりがいを感じていたのでしょうか?もしくは将来のことを考え、そうした経験がキャリアとなることを考えていたのかとか。

ずいぶん真面目な話になってしまいましたが(笑)、やりがいを感じつつ、中学生と遊んだり、町の方とご飯を食べたり。遊びの部分もあったのが続けていけた理由だと思っています。ひとつむぎが良かったのは遊びもしっかりやりましょう!息抜きもしっかりしましょう!というところがあったので、バランスよく活動できたのが良かったのかなと思っています。社会的な問題を解決しましょう!だけだったら多分続いてはいないと思います。

– バランスが取れていた環境だったからこそ続けられたんですね。

キャリアのことを考えてそうした経験を積む意識はあったかもしれませんが、単純に活動が楽しかったというのが一番の理由です。大学生だったらバイト代も入らないですし(笑)。

– なので、たまたまひとつむぎという団体が牟岐町で活動していて、たまたまフィールドが牟岐町だったから田岡さんも牟岐町で活動することになったということなんですね。

そうですね。

写真提供:田岡さん

外からではなく、牟岐町民として中から

– その後、どんな流れで牟岐町役場に就職することになるのでしょうか?

就活時に自分のやりたいことがひとつむぎに関わることで見えてきました。それは地方の発信力が都会と比べて弱い点が課題としてありました。魅力があってもそれをいろんな人に届けないとここだけで終わってしまうのが課題で、キチンと発信できるような、魅力を広げれるような仕事がしたいと思っていました。

そこで、新聞社やテレビなどのメディア関係の会社を受けましたが、実際に地域にいる人間が盛り上げないと結局まちは衰退していくことも感じていました。そうした中で、まちを盛り上げようといった若い世代が牟岐には少しずつ増えてきたタイミングだったので、例えば5年後10年後に自分が牟岐に戻り、そうした人たちと協力して盛り上げるよりも、今の時点で牟岐と関わって5年後10年後を一緒に作っていくような形ができたら、牟岐は変わるのかなと思い、牟岐町役場に入って中から盛り上げることができないかと思い就職をしました。

– 今何年目ですか?

今4年目です。

– “まちを盛り上げようといった若い世代”というお話がありましたが、そうした先駆者のような方たちがいなかったら田岡さんはもしかしたら新聞社に就職してたかもしれないと。

そうですね。牟岐にはおらん可能性の方が高いですね。牟岐には関わっていたかもしれないけど、牟岐で働くという選択肢はなかったと思います。

– 実際に働いてみていかがですか?ひとつむぎの頃とは感覚がずいぶん違うと思いますが。

最初は鳥獣担当だったんでこれが行政の仕事なんだと感じながらやっていました(笑)。2年目は商工担当で、3、4年目は農業担当と、毎年担当が変わっています。なので、ひとつむぎの時に関わってきた人と関わる人が全然違うなと感じました。商工だったら商工会、農業だったら農協と、同じ牟岐でもひとつむぎの頃とは全く違う人と関わる事ができています。

あとはひとつむぎの頃にイベントで牟岐に来た時、役場の方たちが準備とかをやってくれていて、こちらの活動をとても支えてくれてたんだと、役場に入って改めて感じました。テント立てたり、ご飯の準備を大学生が出来るように買い出しをしたりと、かなり支えてくれてたんだと感じました。

– 今は田岡さんが逆に裏方として大学生達を支えていると。ひとつむぎの時と違う、ギャップみたいなものは感じはしなかったですか?

最初は「なんでこれをせなあかんのだろう?」と思ったこともありましたが、僕は毎年仕事をする上で1年間のテーマを決めるようにしています。例えば、一昨年のテーマは”町の方との信頼関係の構築”といったことだったのですが、もともと僕は牟岐の人間ではないので牟岐の歴史を学び、牟岐の人になれることから始めようとか、いろんな人に顔を知ってもらおうとか、人と会う回数を増やそうとしていました。なので、時に自分がやりたいこととは異なる仕事も住民の方と関わったり、仕事の幅を広げられたりする機会になるので、ひとつむぎの時とは違うなといったギャップは少ないです。

– ちなみに今年の目標はなんでしょうか?

年度でテーマを決めるので、2024年の4月に決めていることなのですが、今年度は小さくても実績を残すことです。農業担当が2年目ということで、1年目に仕事をして感じた課題と町の方や関係者の方からの聞き取りした内容をもとに、新たな取り組みを行うことができました。

魅力が外に発信されていく町になってくれたら

– 休みの日は何をして過ごしているのでしょうか?今のところお話を聞く限り、いつもまちづくりのことを考えてるようなイメージですが。

いえいえ(笑)。普段は野球を見るのが好きで、阪神タイガースファンでプロ野球を見ています。あとは動画を見たり本を読んでいます。

– 釣りとか自然を満喫するといったことはないですか?

かなりインドアですが、知人にサーフィンに誘われたり、昨年は鮎釣りに連れて行ってもらい20匹ぐらい釣れました。道具を貸してもらってオトリ鮎で釣りました。あんなに釣れるもんなんやとびっくりしました。でも竿を上げる筋力が全然足らなくて、大変でしたけど楽しかったです。

写真提供:田岡さん

– へぇ。鮎釣りは難しいと聞きますが、そんなに釣れたんですね。

自然が近い分、そういう機会はありますが自発的にはやってないです。誘ってもらったら頑張るといった感じですね。

– 頑張る(笑)。最後に、将来自分や牟岐町がこうなってほしいといった展望や想いなどはありますか?

牟岐は若者がちょっとずつ増えていってるなと感じています。移住するまでは出来ない人たちも関係人口としてなにかしら関わり続けてくれています。自分も含めて若い世代が、特に牟岐にゆかりのある人じゃない人たちも増えていくような形になってくれたらなと思っています。自分みたいに何かをキッカケに牟岐で働きたい、関わってみたいと思うこどもたちが増えてくれたら良いなと思います。そして、自分が牟岐に来たときから言っていた5年後10年後に、いろんな人たちが関わり魅力がきちんと外に発信されるような町になってくれたらええなと思います。ここに自分が一緒におれたら良いなと思っています。

– そこでさっきのギャップの部分について改めてお聞きしたいのですが、田岡さんは現在牟岐に来て4年が経ったわけです。そこで5年後10年後といった視点で考えると、約5年が経ちほぼ半分の地点に立っていると言えます。そこで当時の未来は現在なわけですが、自分が想い描いていた牟岐町に近づいていますか?

あ~…そうですね…確かに半分ですね。そうして考えてみれば牟岐町は自分の想像以上になっていると感じます。これだけ若者がいるような町になっているとは思いませんでした。自分がひとつむぎの時にはほぼ1つの団体しかなかったのが、今は他県の大学なども関わってきているので、いかに動くことで変わってくるんだなというのを感じています。なのでギャップという意味では逆に広がったと感じています。ただ惜しいのは自分がそこに直接関われたかと言うと分かりません。

もちろん裏方として動いており、プレーヤーではないわけですからね。そこは形としてはどうしても見えないかもしれませんが、必ず意味のあることではあると思います。

牟岐町の5年後10年後を一緒に作っていくことを考え、牟岐町役場へと就職をし移住をした田岡さん。そこから来年でひとつの節目である5年が経とうとしています。振り返ってみると過去の牟岐より今の牟岐は「思っていたよりも大きくなっている」とも表現をしてくれた田岡さん。大きくなっているとはとても抽象的な表現に聞こえるかもしれません。ですが、”大きい”という表現に僕は多くの意味が含まれているように感じました。それは人々の動き方であったり、人々の気持ち、移住をしたいという想いや、裏で支えている人々の気持ち。そして田岡さんがそうした人たちともっともっと一緒になり、形にしていきたいという想い。こうしたことすべてがこの”大きい”という言葉に含まれているのでないかと感じたインビューでした。おそらくこれからも裏方として牟岐町を支えていってくれる田岡さんの活動に期待したいと思います。

【牟岐町に映画館が誕生!】正観寺境内で2月8日から上映開始

令和7年2月から、正観寺境内にある施設「遊観」に、映画館「シネマ牟岐」が誕生します。主催は父親向けのメディア「TOCHANTO(とうちゃんと)」と、図書館などの学びの場を提供する一般社団法人「遊観」です。毎月2回の上映を予定していて、2月は8日(土)と28日(金)に行います。

2月8日(土)「土曜ムギプレミアム」の詳細です。

開催日時:2月8日(土)

開場時間:17:30

開演時間:18:00

上映作品:「ザ・トゥルー・コスト ~ファストファッション 真の代償~」

https://unitedpeople.jp/truecost/

2月28日(金)「金曜ムギロードショー」の詳細です。

開催日時:2月28日(金)

開場時間:17:30

開演時間:18:00

上映作品:「アニマル ぼくたちと動物のこと」

https://unitedpeople.jp/animal/

鑑賞料金は大人1000円、小中学生500円です。

ドリンクは1杯300円で購入することができます。小中学生は無料です。

鑑賞後は、感想を共有する時間をとる予定です(自由参加)。

また会場には親子でくつろぐことができるスペースがあります。小さなお子様連れのご家族も気軽にお越しください。

駐車場もあります。「遊観」のホームページをご確認ください。

駐車場の案内はこちら

https://yuhkan1030.studio.site/access

▽詳しくはこちらをご覧ください

「シネマ牟岐」を始めたきっかけについて「TOCHANTO(とうちゃんと)」を運営する八木俊樹さんは、「牟岐の方に普段から利用させて頂いている『遊観』をより気軽に使ってほしいと思っていた。映画は小さなお子さんからご年配の方まで楽しめるもの。年代問わず遊観に集まって、楽しんでいただきたい」と話します。

また「遊観」の下之坊竜治さんは、「遊観は『対話する、図書館』をコンセプトにしている。映画を楽しんでほしいし、映画を見て感じた『思い』も残してもらえたらうれしい。映画を通じて『遊観』のことも知ってもらえたら」と思いを募らせます。

2月に上映する2本の映画は、それぞれ八木さんと下之坊さんが選んだものです。

8日(土)に上映する映画「THE TRUE COST」は、アパレル産業が世界に与える影響を描いたドキュメンタリーです。八木さんが運営する「TOCHANTO(とうちゃんと)」でも紹介されています。

▽記事はこちら

【前編】 我が子や孫の世代のために着ない服をゼロに。誰でもできる「スローファッション」の始め方

https://tochanto.com/life/20250111_slowfashion-1/

28日(金)に上映する映画「ANIMAL」は、動物保護と気候変動問題に取り組む2人の16歳に迫ったドキュメンタリーです。2人は世界が直面する2つの危機から脱するため、答えを探す旅に出ます。下之坊さんは「人間社会だけではなく、動物の世界も見てほしい。いろんな視点をもってほしい」と期待を寄せます。

今後はドキュメンタリーに限らず、昔懐かしい作品や、子どもたちが喜ぶ人気作などさまざまな種類の映画も上映していきたいとおっしゃっていました。

皆さまのたくさんのご来場、お待ちしております!

主催:「TOCHANTO(とうちゃんと)」、(一社)遊観

https://tochanto.com/

https://yuhkan1030.studio.site/top

お問い合わせ:八木俊樹 info@tochanto.com 遊観 sanmon.yuhkan@gmail.com

島崎 恵茉
東京都出身  中央大学法学部政治学科在籍

牟岐町海の総合文化センターの緞帳制作秘話【小栗加代子さん・満石和代さん・大梅謙治さんインタビュー】

昨年、2024年は牟岐町海の総合文化センターの開館30周年でした。1994年に建設されて以来、2階のホールには阿波しじら織が散りばめられたパッチワークキルトの緞帳が30年間変わらず、牟岐町の成人式や町の文化祭、フォーラムなど大切な文化的な行事の幕を開けてきました。

当時、緞帳の制作を行ったパッチワークキルト作家である小栗加代子さん、共に制作に携わった満石和代さん、牟岐町海の総合文化センターの建設当時に教育委員会で担当をしていた大梅謙治さんにお話をお聞きしました。小栗さんは長野県のご出身で、東京の大学で牟岐町出身の旦那様と出会われたことから、牟岐へ移り住まれました。パッチワーク作家として、全国的にご活躍されており、牟岐町内では千年サンゴやムクノキの作品を制作されたり、出羽島アート展や小学校での展示もされてきました。

Q1. どのような背景があり、この緞帳を制作することになったのでしょうか?

大梅さん:約30年前、牟岐町教育委員会で勤務していて、現在の牟岐町海の総合文化センターが建設されることが決まりました。その建設予定の建物の全体像を見て、私は「牟岐らしさがあまりないな」と思いました。そこで、小栗さんに「10億円以上かけて新しく文化センターができるんだけど、パッチワークキルトでホールの緞帳を制作できないか」とお話ししたのが始まりですね。建設予定の2年前から、北海道の旭川の公民館に田園風景が描かれた緞帳を見に行ったり、京都の緞帳屋さんに下見に行ったりと、準備を行いました。

小栗さん:その頃、県内に約10教室を持っていたので、徳島市や鳴門市、那賀町などにいる総勢100人弱の県内の生徒さんと一緒にやったら面白いことになるなと思って、引き受けることにしました。皆さんが縫えるように、体育館に生地を置いて、お教室ごとに担当部分を分けて、最終的に大きな1枚にするということをしました。全て手縫いで、2年かけて縦6メートル、横16メートルの緞帳が完成しました。

Q2. 作品について、特徴などを教えてください。

小栗さん:左下には牟岐町、上のベージュやオレンジは南国の燦燦たる太陽、そこから牟岐町の友情や情熱、希望や平和が広がっていくというイメージで下絵を描きました。私は長野生まれなので、こんなに強い太陽は知らなかったんですよね。

満石さん: 太陽のところは光が降り注ぐような感じで、上からまっすぐなキルティングをしています。緞帳の12個の丸は牟岐町内の人だけで制作しましたが、みんな好きなパーツを持って帰って、例えば赤は情熱など、ひとつひとつに意味を込めました。

小栗さん:自分の好きな生地を縫い込んでもいいよと言って、制作に携わった人の生地が縫い込まれている部分もありますね。
私の作品は、阿波しじら織を使用するのが特徴で、縞やチェックの生地で作品を作るのを長年やってきました。独特の手触りなので、キルト展に出しても面白がられます。阿波しじら織は藍色がすごく綺麗に出る生地で、海の部分には濃い藍色の生地や薄い藍色の生地を組み合わせて、さらに波の形でキルティングしています。この前の全国展でもパッチワークの生徒さんがどうしてもこの緞帳が見たいと来てくれましたね。しじら織を使って、キルティングもしているので丈夫で、30年経った今でも綺麗に残っています。

満石さん:この前久しぶりに見たけど全然傷んでなかったもんね。
これだけ多くの種類の生地を小栗先生がひとつひとつ指定したんですよ。徳島市のしじら屋さんから仕入れた、見たことのないような模様のしじら織がたくさん縫い込まれています。仕入れの関係で、ひとつのしじら織につき、10反ぐらいは購入していたよね。この中でいまでも残っているしじら織は少ないと思います。

小栗さん:ここのキルト見てほしい。これ全て手縫いなんですよ!

満石さん:キルティングをしているからこそ、波の立体感が綺麗に見えるんですよね。
普通に布を縫い合わせただけではこの立体感は作れません。

Q3. 緞帳を制作する上で、気を付けたことや大変だったことはありますか?

大梅さん:文化センターは公共施設で人がたくさん来る場所なので、防炎処理を施す必要がありました。だから京都の緞帳屋に持って行って防炎処理をしてもらいましたが、防炎処置をするとどうしても縮むとのことで、それも計算して制作してもらいました。

満石さん:だから制作したときは完成した時のものより大きく計算して作りました。
牟岐少年自然の家の体育館を借りて、下書きのデザインの通りにひとつひとつのパーツを並べて、数日間みんなで寝泊まりしながら最終的なデザインを完成させました。小栗先生は体育館の上に登って全体のバランスを見ながら、例えば「3列目の5番目の赤を○○さんが持っている赤と替えて」と指示を出されていて、すごくおもしろかったですよ。

小栗さん:ひとつひとつの生地をパターンというのですが、15cmを基本として、半分にしたり、2倍にしたりして組み合わせています。パッチワークは、裏地、綿、トップの3層でできていますが、一目一目短い針を使って木綿の糸でみんな手縫いします。ひとりひとりのパーツが出来上がると、またほかの人のパーツを組み合わせていきます。

満石さん:みんな担当のパーツを膝にのせて、1ミリずつ手縫いしていくんですよね。私はひとつの丸を縫ったのですが、丸の周りを縫ってくれた人と生地をピタッと合わしていきました。私はこの頃、本格的には習っていなかったので、「隣の人と合わなかったらどうしよう」と思いながら縫いましたね(笑)作品が大きいので、10人の人が1センチずつ違ったら10センチ違ってくるからね。もう嫌だと言って泣いていた人もいたよ(笑)

小栗さん:きつめに縫うひとが1メートル分したら、隣の人と合わないってなっちゃうんですよ。少しでもズレていれば間ができてしまうので、縫った部分を解いたり、寸法をどうにか合わせたり。あとは、下の飾り紐のフリンジは緞帳屋さんがサンプルを持ってきてくれたのですが、それが作っているものと合わなかったので糸から染めて作りました。

大梅さん:先ほど言ったように緞帳は丈夫に作ってもらいましたが、開幕するときにも緞帳が傷まないように気を付けました。様々な緞帳の上げ方がありますが、くるくると巻き上げるのではなく、三段織にパタンパタンと上がるようにしました。

小栗さん:そうですね。そこも話し合いながら、試行錯誤したところですね。

Q4. では、この記事を読む牟岐町民や牟岐町に関わりのある方々に向けてメッセージをお願いします。

小栗さん:一般的なパッチワークキルトだと、こたつ掛けやおくるみなど、普段使いができるものとして親しまれています。そのため、パッチワークキルトは「平凡な女の生きた証」であるということを伝えてきました。当時、この緞帳に「生きる」というタイトルをつけたのは、県内の100人弱の生徒さんたちと共に制作したこの緞帳が、みんなの「生きた証」として永久に残るものになると感じたからです。
是非、牟岐町を訪れられた際には、緞帳を見てほしいです。いろんな人に客席から、一針一針、色と構図に託した私たちの情熱をストレートに受け取ってもらいたいと思います。

最後に、小栗加代子著「もめんの詩 パッチワークキルト作品集Ⅱ『四季』」(まちかどプレス編集室, 1998年)では、下記のように記していました。

「牟岐町海の総合文化センターの大ホールの緞帳は、私たちのグループのフレンドシップキルトであります。この緞帳は見る人に生きる勇気を与えます。それは、延べ人数にすると3000人もの人の意気と情熱と真心で創られたものだからでしょう。どうぞ皆様、人生に負けそうになったら牟岐の緞帳を見に来てください。きっとまた、歩き出す勇気が湧いてくるでしょう。」

緞帳は、制作から30年経った今でも全国的に高い評価を受けています。昨年10月に開催された「パッチワークキルトO.Q.S全国展 in 徳島」においても、多くの人がこの緞帳を目当てに訪れました。これからも緞帳は牟岐町の大切な瞬間の幕開けを飾り、見る人に勇気や情熱を届けるでしょう。

ライター:牟岐町地域おこし協力隊 真武

娘が生まれた事をキッカケに独立と移住 – 【Webメディア TOCHANTO(とうちゃんと)】 八木俊樹さん

今回話を伺ったのは八木俊樹さん(31歳)。大手総合情報サービス企業に務めていましたが、娘さんが生まれたことでその会社を辞め独立。2024年3月には大阪から家族で牟岐町へと移住。娘さんが生まれたのを期に八木さんの奥さんのご出身である牟岐町へ移住することを決めたそうですが、どのようにして移住するまでに至ったのでしょうか?

転勤よりも家族との時間を

ー 牟岐に移住をされたということでその経緯をお聞きできたらと思いますが、もともとご出身はどちらでしょうか?

出身は広島県の尾道市です。大学の時に大阪に出てまして、学生時代に妻と出会いました。その後2016年4月に新卒でリクルートという会社に就職をしまして、兵庫県、岡山県、熊本県と結構転々と転勤を繰り返していました。その後2023年の1月に独立をしてしばらく大阪で暮らしていまして、牟岐町に移住をしたのは2024年の3月になります。

ー 小中高は尾道で過ごしていたのでしょうか?

そうです。

ー リクルートを辞めて独立。そして牟岐町へ移住とは、どんな理由があったのでしょうか?

先ず、独立を決めたのは娘が生まれた日でして、娘の顔を見たときに家族との時間をできる限り増やしていきたいなと思ったのがキッカケです。その年の年末(2022年)に退職をして、独立をした形になります。

ー 会社に勤めているとなにかと忙しく、家族との時間を作るのが難しかったのでしょうか?

僕が岡山県にいる時に、妻は大阪に住んでいまして別居婚のような形で結婚生活がスタートしたんです。当時、大阪へ異動を希望していたのですが、蓋を開けると熊本に異動になりまして(笑)。

ー ん?それは奥さんもご一緒にですか?

いえ、妻は大阪で公務員をしていたのでもちろん1人です(笑)。この時にはじめて「転勤生活というのは家族と一緒に過ごすことはできないんだな…」と実感をしまして、違和感を感じました。それまでは会社を辞めるつもりは全くありませんでしたが…ましてやどこかに移住するなんてことも考えてもいませんでした。そこで独立という考えが少しあって、娘が生まれてそれが強くなったといった感じです。

ー 大阪を希望しているのに、より遠くに異動とはなかなかですね(笑)

異動する場合、ステップアップとしての異動なので喜ばしいことではあるので、いつも異動の際にはポジティブに捉えていましたが、その時初めてポジティブには考えられなくなりました

ー 熊本にはどのぐらいいたのでしょうか?

一年いました。その間もずっと戻してくれと上司に交渉をしていまして、一年後には大阪に戻ってこれました。

ー そこで娘さんが生まれ独立を決めることになるわけですが、どんな業種で独立をするなど決めていたのでしょうか?

それが全く決めていなくて(笑)。ただ、この会社にいる限りは転勤が避けられなかったので、とりあえず辞めようと。

ー 先ずは辞めるのが先だったと。

そうです。2022年の7月に娘が生まれたので、8月にはすでにそれを会社に伝えていました。共働きでしたし、貯金などを考えれば一年ぐらいはゆっくり考えられるかなと思っていましたのですぐに転職してってことは全く考えていなかったですし、リクルートの先輩方は独立されている方がたくさんいらっしゃったので、自分もなんとかなるかなと。

ー 確かにリクルートという会社はある種特殊というか、辞めるのが前提のような会社というイメージを僕は持っていますので、そもそも辞めることも抵抗がなかったと。

それはあるかもしれませんね。

ー リクルートでは新規事業を立ち上げる部署に所属していたのでしょうか?

僕は飲食情報関係の営業部に所属していましたので、飲食店に直接飛び込み営業などもしていました。名刺を破られたりなどありましたね(笑)。

ー 過酷な環境でお仕事をされていたんですね。

それが当たり前の社会で生きてきました(笑)。

ー すごいですね。僕はそうした経験はないのである種羨ましいというか、そうした経験をするには相当な勇気が必要です。八木さんはそれを乗り越えてきたんですね。

会社を辞めはしたが、そうした環境が嫌だったわけではないとも笑いながらお話をしてくれました

里帰り出産を機に牟岐での生活が

ー 独立するにあたり、どのように展開していったのでしょうか?

自分は営業経験しかなく営業しかできなかったので、企業様の営業が足りていない部分を補う”営業代行”という仕事と、リクルートに在籍している時にキャリアコンサルタントという資格を取得していたので、キャリアコンサルタントの仕事を軸にスタートしていきました。

ー なるほど。辞めた当初は何をするか全く決まっていなかったけど、自分のできることを考えたら自然とそうなっていったといった感じでしょうか。

まずは自分の経験から稼げるものをと思って考えました。これらだったらすぐにでもできるかなと思いまして。なので最初はとある大学の大学生の就職支援を行っていたりしましたし、残りの日は営業代行をしていました。

ー その傍らで子育てもしていたのでしょうか?

こうした仕事は週3日ぐらいで入って、残りの4日は家族との時間を過ごすようにしていました。

ー それが娘さんが生まれて間もない大阪での生活だと思いますが、その後牟岐町に移住することになったのはなぜでしょうか?大阪の暮らしも非常に順調に感じますが。

もともと移住は全く考えていませんでしたし、妻が公務員だったこともあり、大阪から離れることは考えていませんでしたが、ひとつのキッカケは妻の里帰り出産でした。その時の一年の半分ぐらいは牟岐で過ごす事が多かったんですが、自然が豊かで暮らしやすいなと感じましたし、大阪だとお互いの両親のサポートを受けにくい環境になってしまいます。なので牟岐にいる事で妻の両親のサポートを受けられるのは自分たちにとって大きかったですね。

ー 里帰り出産の際、牟岐に滞在している時もリモートでお仕事をされていたんですね。

モラスコむぎのコワーキングスペースを使って仕事をしていました。一ヶ月まるまる牟岐にいることもあったので、モラスコむぎには当時から本当にお世話になってます

ー 移住する前からそんなに利用されていたんですね。

そうなんです(笑)。決め手のひとつとなったのは保育園もあります。大阪だと「ここの保育園は良いけど倍率が…」「こっちの保育園は…」みたいな話がありますが、牟岐だったら一択だったので実は大きい(笑)。それで僕はこっちでも働けそうだし、妻もちょうど牟岐町役場の採用情報を見つけて、これが受かったら移住しようということで。それで無事採用され移住に至りました。

ー 奥さんも移住に関して全然後ろ向きではなかったんですね。

妻はもちろん地元ですし、僕も田舎育ち。夫婦で「こういった環境で子育てした方が良いんじゃないか?」みたいな感覚がありました。

ー そこで尾道という選択肢はなかったのでしょうか?

ああ…なかったですね。

ー それは興味深いですね。なぜでしょう?

それは、僕がこの数年で単純に牟岐が好きになっていたのはあるかもしれません。尾道よりももっと自然を感じられる感覚があって

現在、奥さんのご実家にご両親と一緒に住んでいるそうですが、普通であれば気を遣ってしまいそうです。八木さんはその辺りはわりとへっちゃらだと。

それはもう妻のご両親が素敵な方だなので。感謝感謝です!

子育てにサーフィンに磯釣り

ー 2024年3月に移住をして半年以上が経ちますが、連続して生活してみていかがでしょう?

めちゃくちゃ良いですね。仕事面では牟岐に来てから同世代の子どもを持つ父親にフォーカスをあてたWebメディア『TOCHANTO(とうちゃんと)』を立ち上げ、2025年から本格的にスタートさせています。

八木さんが立ち上げたWebメディア『TOCHANTO』

『遊観』や『モラスコむぎ』も使ってお仕事をすることも多いそうです

自由に表現する事を伝える場所-【遊観】下之坊竜治さん・堀江奈々子さん

仕事のスタイルは、基本的には夜8時頃になったら娘と一緒に寝て、明け方3時半には起きて6時まで仕事をして、そこから保育園に行くまで家族で一緒に過ごして、保育園に行っている間は仕事をして、16時に娘を迎えに行くので、保育園にいない時間はほとんど娘と一緒にいますね。

ー とても素敵な時間の使い方ですね。では牟岐での生活は自然を満喫するというよりは自然環境に身をおきながら家族との時間を大切にするといった感覚なのでしょうか?

そうですね。ただ僕自身は牟岐に来てからサーフィンをはじめたりしています。友人に連れて行ってもらった時に地元のサーファーの方々がすごく良くしてくれまして。牟岐だからこそハマれたと感じています。あと妻のお父さんが磯釣りをやっているので、何度か一緒に連れて行ってもらって、釣ったグレを娘に食べさせたりなどしています。今年は釣りにもハマりたいですね(笑)

写真提供:八木さん

ー すごい!サーフィンに磯釣りって、牟岐ならではな良いところを楽しんでいますね!

そうですね(笑)めちゃくちゃ牟岐の生活を満喫していると思います。なので、僕にとっても家族にとっても移住は正解だったと思います。保育園も10人ほどのクラスに先生が3人4人と付いてくれて本当に手厚い。大阪ではありえないです。こんな有り難い環境はないなと思っています。

今後は農業やイベント展開も

ー では最後に、今後の展望などがありましたらお聞かせください。

先ずは先程も紹介した『TOCHANTO』の事業を軌道にのせることが2025年の目標です。「働く場所がないんじゃない?」と大阪の友人などにもよく言われますし、その通りだと思っています。今後はTOCHANTO(とうちゃんと)を通じて、牟岐に興味を持つ人を増やしたり、牟岐の働く場所になるような事業・企業にしていきたいと思っています。あともうひとつ牟岐でやっていきたいことは『農』です。

写真提供:八木さん

ー へぇ。なぜ『農』なのでしょうか?

TOCHANTO(とうちゃんと)もそうなのですが、「家族の幸せと子どもの将来を守る、つくる」ことを自分のテーマとして活動していきたいと思っています。僕にとって、家族の日常や、娘のふるさと、将来を守る、つくることを考えた時に、やっぱり「食」は大きな軸になるし、大きな「課題」でもあるとこの1年牟岐で暮らしたことでより感じるようになりました。だからこそ小さくでも「農」には関わっていきたいと思っております。

あとは遊観やモラスコむぎを使って、町の皆様と一緒に家族が集まれるイベントなども積極的に行っていきたいなと思っています。TOCHANTO(とうちゃんと)と掛け合わせて色々できると感じています。

長年勤めた会社の退職に、子育て、独立、移住、そして新規事業の立ち上げなど、短期間で経験していることは決して誰でもできることではないし、それ相当の苦労があるはずですが、終始笑いながらお話をしてくれた八木さん。非常にポジティブなエネルギーを持った心の強い方だと感じました。また、このインタビューは遊観で行ったのですが、その後は遊観を運営している下之坊さんとこれからやっていきたいイベントの打ち合わせをしていました。ここでお話してくれた以外にもまだまだやりたいこと、やるべきことが八木さんにはあるので、今後の八木さんの動きに注目したいと同時に、牟岐町で起こることにも期待をしたいと思います。

 

【京都産業大学木原ゼミ主催】「牟岐DAY」が開催されました。

12月14日(土)にコミュニティ・バンクQUESTIONの1階で京都産業大学木原ゼミが主催で「牟岐DAY」が開催されました。第一部では、牟岐町の実生柚子をテーマに木原ゼミが今までのイベントでつながった出店者さんが集結しました。

紫竹庵(しちくあん)の実生ゆずチーズケーキ、YuPPenJoBsのゆずティーフィナンシェ、Belgian bar UMAIのゆずゴールド、JA徳島県牟岐女性部と木原ゼミ生からはポンジュレゆうダレの焼き餃子、ゆず味噌おにぎり、ゆず茶、ゆずスカッシュが出店されました。また、牟岐町からはゆず茶、ポンジュレゆう、モリンガパウダー、もち麦味噌、牟岐茶などの特産品を販売しました。

紫竹庵さんは大徳寺近くの千本北大路にお店を構え、大徳寺納豆を使った和菓子の店として創業しました。和菓子のほかにふりかけや洋菓子も作られており、特に大徳寺納豆を取り入れた大徳寺チーズケーキ「禅ZEN」は目玉商品です。

京都・大徳寺・紫竹庵
https://shichikuan.com/

紫竹庵さんとの出会いについて、6期生の中間優香さんは
「西陣フェスで木原ゼミの隣で出店されていたのが出会いです。12月に牟岐DAYのゆずマルシェがあるので一緒にどうですかとお誘いしたら、商品としてゆずのふりかけがあることもあり、目玉商品のチーズケーキに柚子を合わせたら美味しいかもしれないということで出店していただくことになりました。」と説明してくれました。

大徳寺納豆が入った実生ゆずチーズケーキは、しっとりとチーズのうまみを感じながらも、柚子のフレッシュさと大徳寺納豆の塩味がアクセントとなり、コクがあるチーズケーキとなっていました。徳島では馴染みのない大徳寺納豆と牟岐町の特産品である実生柚子を合わせた商品は木原ゼミだからこそできるコラボで、可能性が広がったように感じました。

YuPPenJoBsさんは地域との繋がりを大切にしながら、普段は大原百井町を中心に農業活動やスイーツ開発をしている学生団体です。これまで、チョコ、イチゴ、紅茶、コーヒーなどのフィナンシェを開発し、最近では酒粕フィナンシェを販売したそうですが、今回はゆず茶を使用したフィナンシェを出店していました。

YuPPenJoBs
https://yuppenjobs.wixsite.com/yuppenjobs2023 

代表の京都大学4年生の高石柚哉さんからは、「学生団体なのでいろんな大学から集まったメンバーで出店しています。今年の春に船岡山OPEN PARKでフィナンシェを販売したときに、出店していた木原ゼミから柚子を使ってフィナンシェを出してくれないかと提案がありました。ゆず茶を使ったゆずティーフィナンシェは、甘くてしっとりしています。」と説明してくれました。

Belgian bar UMAIさんは、普段はまだ日本で流通していないベルギービールを京都のレストランに卸したり、イベントで出店したりしています。今回は、実生柚子とベルギーのリキュールを合わせたゆずゴールドを出店していました。

合同会社うまい
https://www.instagram.com/umai_jp?igsh=OXpvYjR3bHZkaTU=

責任者のヴァンブリュッセルりかさんは、「西陣フェスで木原ゼミの学生さんたちが声をかけてくれ、商品を飲んでくれました。木原ゼミはゆずスカッシュを出店していたのですが、そこにベルギーのアントワープ地方で160年続く黄金色のリキュール『アントワープゴールド』を入れるとすごく美味しくて、それをゆずゴールドとして出店することにしました。甘めのリキュールなので、実生ゆずの果汁のみを合わせています。」と説明してくれました。

JA徳島県牟岐女性部と木原ゼミ生からはゆずタレを使った焼き餃子、ゆず味噌おにぎり、ゆず茶、ゆずスカッシュが出店されました。特に、餃子のたれになったポンジュレゆうが好評で、牟岐町ブースで販売していたポンジュレゆうが完売しました!中には過去に購入され、一度使い切ったからと言ってリピートする方もいました。

木原ゼミの7期生の皆さんや牟岐出身者の若者もマルシェを楽しんでいました!
7期生の鮫島愛弥(さめしま まなみ)さんは、「私たち7期生は今回のイベントで初めて先輩方の活動に参加させていただいたのですが、イベントに協力してくださっている方々や多くの人で賑わう会場を見て、先輩方がこれまでの活動で紡いできた縁や注いでいる熱量を目の当たりにしました。第2部ではゼミ生以外の方や牟岐町の方とお話することができ、自分たちのこれからの活動のヒントを得ることができました。今回の経験を糧に私たち7期生も自分たちなりに牟岐町の関係人口創出の活動に取り組みたいです。」とおっしゃっていました。

第二部では、「つなぐ ~木原ゼミから繋がる輪~」が行われました。第一部では、特産品である実生柚子を通して牟岐町の魅力を伝えるマルシェを開催しましたが、第二部では食以外の側面から牟岐町の魅力を知ってもらいたい、地域について考えるきっかけにしてほしいという想いからこのワークショップが行われました。

グループで自己紹介を終えた後、「どんな地域に住みたいか」についてグループで意見を出し合いました。それぞれ出身地域も住んでいるところも違うため、様々な意見が出ましたが、「自然豊かな町」「海がある町」など牟岐町に当てはまる特徴があったり、「初めて行っても特徴が分かる町」「季節のイベント(地元らしさ)」「特産品や自慢できるものがある」などのその「町らしさ」を感じたいという声もありました。

木原ゼミは地域や地域の人々と多様に関わる「関係人口」をテーマにゼミ活動を進めてきました。そのため、ワークショップ内では、牟岐町に関係人口として関わる有賀春桜美(すおみ)さんのインタビュー動画を見た上で、「自分ができる地域への関わり方」についても意見を出し合いました。

参加者からは「地域を思い続けることが大切で、それを続けることで自ずと行動ができるのではないか」「関心を持ち続けることが大切なのではないか」という意見や、「今回のマルシェのように食を通して魅力を伝え、さらに商品を購入した人たちがその魅力を広めていくこと」、「地域を訪れるだけではなく、お金が還元されるような仕組みを考えること」、「地域の方々や学生との交流を通してアイデアを考えていくこと」、「地域の魅力を地域内外の人に伝えていくこと」、「地域のお祭りに参加すると、広い世代と繋がれたり、また地域に戻ることができるきっかけになるのではないか」など様々な視点からの意見がありました。

最後に、牟岐町の若者関係人口にフォーカスしたプロモーションビデオを見て終了となりました。

『「牟岐」と「若者たち」』YouTube公開!!
https://mugijin.info/info/uPoxfgvf

牟岐町側からはプロモーションビデオについて、「小さい町で起きている日常的なことなのかもしれないが、動画を通して牟岐町の魅力を届けつつ若者たちの実情を知っていただけたら嬉しい」という声や、このイベント全体を振り返って、「第一部について、木原ゼミの人の繋がりでできたマルシェだと感じ、そこに牟岐町の方がゆずの商品を買いに来てくれたりしたので面白いと思った。第二部について、牟岐町は2016年頃の地方創生が叫ばれた時から関係人口を重要視してきたが、ワークショップを通して『人』がキーワードになって、『人』が繋いでいくんだろうなと感じた。木原ゼミが人の輪を作っていくときに牟岐町も伴走しながらちょっとでも町が良くなることを願っている。」や「第一部では、実生柚子を取り扱って盛り上げていただけてありがたいと思っている。第二部については、牟岐町のことを、地域のことを想っていただけていることを感じた。またより牟岐町を好きになっていただき、これからも応援していただきたい。」とコメントがありました。

イベントを終えて、運営を行った6期生の堀池優那(ほりいけ ゆうな)さんは、
「6期生の集大成である牟岐DAYを無事に終えることができました。マルシェでは感想ノートに『新たな出会いもあって楽しかったです!ゆずを使った食べ物もめっちゃ美味しかったです!』といったような温かい言葉が並び、ゼミ生の努力が多くの人に伝わったことを実感しました。
また、ワークショップでは牟岐町に住む方々や、地域活性化活動に興味がある方々と一緒にグループワークをすることで、普段のゼミ活動では聞くことのできない斬新な意見や考えを取り入れることができました。この1年間、関係人口について深く考えてきました。そして、今回のイベントを通じて、私たちが考えてきた関係人口の形を実現することができたと思います。イベントが成功して本当に良かったです。」と、達成感を伝えてくれました。

第一部「ゆずマルシェ」と第二部「つなぐ ~木原ゼミから繋がる輪~」を終えて、木原ゼミの卒業生やこれまで関わりがあった方々、これまでに出店したマルシェなどで繋がった方々など、木原ゼミが活動してくれたことで出会えた方々がたくさんいました。
木原ゼミでは、「関係人口」をテーマに活動していますが、このマルシェでは牟岐町の実生柚子を通して、木原ゼミの「関係人口」が集まり、そこに牟岐町の「関係人口」が入り、よりその輪の大きさを実感し、広げられたのではないかと感じました。
今後は、ワークショップで考えた「自分ができる地域への関わり方」を活かし、これからの活動や可能性を一緒に見いだせたらと思います。

ライター:地域おこし協力隊 真武

〈関西むぎの日開催〉&〈大阪公立大学経済学部松本ゼミ×Orange Fields Tea Garden×牟岐町のコラボメニュー販売〉

12月7日(土)に大阪の天神橋筋二丁目商店街りそな銀行前で、関西むぎの日を開催しました。牟岐町の特産品を販売するうまいもん市と商品を購入し、参加できる新米お米すくい&重量あてを行いました。

うまいもん市には、毎回大人気の勝浦花かつをや泉源の干物、実生柚子を使った商品や牟岐の押し寿司など多種多様な商品が並びました。

大阪公立大学経済学部松本ゼミの学生さんたちも販売をお手伝いしてくれ、ゼミの卒業生も立ち寄ってくれました。

牟岐町に繋がりがある方々が訪れ、牟岐町の特産品を購入されていたり、たまたま商店街を通った方々が商品や牟岐町に興味を持ってくれたりと、様々な方がお越しくださりました。昨年の関西むぎの日にも訪れたという出羽島出身の方々は鰹節やゆず茶などを購入されており、その中でも「ういろうは幼少期に食べていたため懐かしい」とおっしゃっていました。

新米お米すくい&重量あてでは、300gのピタリ賞には牟岐の新米3kgがプレゼントされます。子供たちから大人まで楽しんでいましたが、今年は昨年よりもピタリ賞が少なく、2人のみとなりました。

牟岐町に住んでいる友人から進められてこのイベントに訪れたという村上雄樹さんは、
「300gピッタリを当てられて嬉しいです。今年の春に一度牟岐町に行きましたが、また遊びに行きたいと思います!」と言ってくれました。

また、大阪公立大学経済学部松本ゼミ×Orange Fields Tea Garden×牟岐町のコラボ企画として、Orange Fields Tea Gardenでは12月7日から特産品の実生ゆずを使ったコラボメニュー「ゆずの和風パスタ」、「ゆずのバスクチーズケーキ」、「ゆずのようかん」を販売し、12月30日まで食べることができます。また、剛田商店ではゆず茶とポンジュレゆうを置いていただいています。

Orange Fields Tea Garden
https://www.orangefields-teagarden.com/

これまで牟岐町は星愛七夕祭りや天神天満阿波踊りなどで天神橋筋商店街を訪れていました。Orange Fields Tea Gardenの西尾将治さんとお話をし、松本ゼミの学生さんたちや牟岐町のことを気にかけてくれたことで今回のコラボメニューと商品販売を実現することができました。

西尾さんは「松本ゼミの20期生(現4年生)が『ポスターを貼ってください』と言って訪ねてきたことが牟岐町を知るきっかけでした。うちは八百屋とカフェをしていますが、実生柚子ってなんだろう?と、スーパーでも市場でもなかなか手に入れることができないものなので、珍しく、面白そうだと思い、興味を持ちました。
僕は牟岐町の人って一生懸命に見えます(笑)その一生懸命さが牟岐町に対する愛情なんだろうなと感じています。誰かに愛されて出荷されたものを売りたいという想いがあるので商品を置かせていただきました。牟岐町の方々って、『美味しいと分かってもらえたらいいんだ』『牟岐町と知ってもらえるだけでいい』という感じのスタンスで、お金儲けのためだけに動いていないですよね。そういうものを置かせてもらえるのが特別だなと感じています。」と、言います。

関西むぎの日が開催されていたランチ時には満席になっていました。性別も年齢も様々で、関西むぎの日から知ってくれたお客様も、たまたまイベントを知ってくださったお客様もいたとお店の方がおっしゃっていました。

21期代表の滝瀬央佳(ひろか)さんはメニューの考案について「私たちがメニューを考案する際、最も悩んだのは、実生ゆずの素材をどのように活かせば最も美味しいのか、また、牟岐町出身の方々から大阪のお客様まで幅広い世代に楽しんでいただけるメニューになるのか、という2点でした。そのため、西尾さんからアドバイスを頂きながら、ゼミメンバーやJA徳島県牟岐女性部の皆様などと意見交換を重ねメニューの考案を進めました。
一番人気のゆずの和風パスタはもちろん、ゆずようかんはオレンジフィールズティーガーデンの紅茶との相性が抜群で、ご年配の方にも大変喜んでいただけるメニューが完成したと思います。」と言います。
また、メニュー表やチラシの制作については「メニュー表にはコラボメニューだけでなく、牟岐町や実生ゆずの魅力を伝えるたくさんの情報を盛り込みました。お客様が注文後も手に取って目を通したくなるような、牟岐町の風土や素材の魅力を感じていただける内容に仕上げています。このメニュー表が、料理を待つ間のちょっとした楽しみや会話のきっかけになれば嬉しいなと思います。」と教えてくれました。お店のメニュー表と雰囲気が合うように、質感を合わせているそうです。

ゆずの和風パスタは、口に入れた瞬間、キノコの旨味と柚子の香りが感じられました。
麺がもちもちで、少しピリッとする大人が喜ぶ美味しいパスタでした。

ゆずのバスクチーズケーキは、濃厚ずっしりなチーズの中に柚子の風味が爽やかに香ります。
付け合わせの生クリームがとろとろで、重くなくパクパクと食べられました。

ゆずようかんは、硬めの食感でさっぱりとしています。柚子の風味が活かされており、付け合わせのゆず茶を付けると、より柚子を感じることができます。

チーズケーキと羊羹には、実生柚子の皮を入れているそうです。これらの実生柚子は松本ゼミの学生さんたちが地元の農家さんと一緒に牟岐町で収穫したもので、トゲが鋭いことや青い柚子が特徴的です。

西尾さんは、「松本ゼミの学生さんたちには、まずはこういうきっかけを作ってくれたことにありがとうと伝えたいです。牟岐町を知ることができたし、コラボメニューや商品を通して、お客さんも知ることができますよね。
思い出って香りとともに思い出したりするじゃないですか。だから、関西に住む牟岐ゆかりの方々には、コラボメニューを食べていただいて、少し懐かしいと思って下さったら嬉しいです。
牟岐町を初めて知ってくださった方々には、新しさを感じてほしいです。実生柚子をきっかけに牟岐の魅力を感じたり、みんなの田舎を思い出すきっかけにもなったらいいなと思います。さらに今後もいろいろできたら嬉しいです。」とおっしゃってくれました。

牟岐町は年に数回、天神橋筋商店街で物産販売や体験イベントを行っていますが、なかなか頻繁に関西に来ることは難しいです。しかし、この度、大阪公立大学の松本ゼミの活動によって大阪に繋がりを持ち、Orange Fields Tea Gardenさんに商品を置かせてもらうことができ、コラボメニューを販売することができました。
これまで大阪で日常的に牟岐町ゆかりの方々が牟岐の商品を手に入れられたり、コラボメニューのような新しい食べ方で実生柚子を味わってもらえる機会はありませんでした。また、関西むぎの日やその他イベントをしていく中で、まだ牟岐町を知っていただけていないと感じることもありますが、商品やコラボメニューを通して町のことを知ってもらえる良い機会になればいいなと思います。
是非、剛田商店さんとOrange Fields Tea Gardenさんにお立ち寄りください!

〈剛田商店〉https://www.orangefields-teagarden.com/godashoten/greengrocer.html
〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋3-7-26
営業時間:10:00~19:00(土日祝~18:00)

〈Orange Fields Tea Garden〉https://www.orangefields-teagarden.com/
〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋3-7-26レジュールアッシュ梅田イースト 102
営業時間:平日11:00~18:00 / 土日祝8:30~18:00(モーニングあり)

ライター:地域おこし協力隊 真武

2024 関西むぎの日〈大阪公立大学 松本ゼミ レポート〉

2024年12月7日(土)、大阪市北区天神橋筋2丁目商店街・りそな銀行前スペースにて「関西むぎの日」が盛大に開催されました。当日は冬晴れの清々しい空の下、商店街には家族連れや友人同士、多くの来場者が集い、笑顔と活気に満ちた賑わいを見せました。本イベントには牟岐町出身の方々も多数訪れ、地元の味や文化に触れながら温かな交流が繰り広げられました。私たち大阪公立大学経済学部・松本ゼミのメンバーも、参加者の笑顔に励まされながら全力でイベントをサポート。喜びと達成感に満ちた一日を振り返ります。


お米の計量体験

「新米すくい&重量当て」は、昨年に続いて今年も大人気!牟岐町産の新米が詰まった袋を見ながら、来場者は真剣な表情で300gを目指して計量していました。特に、お子様連れの家族やご年配の方が多く参加され、挑戦する姿には自然と周囲の人々も声援を送り、会場全体が一体感に包まれるようでした。

「ピタリ賞」を獲得した時のお客様の笑顔は特に印象的でした。「こんなに楽しいイベントは初めて!」と声を弾ませる方も多く、私たちゼミ生もその瞬間に立ち会えたことが何より嬉しかったです。計量の結果を見ながら会話が弾み、牟岐町の米作りへの興味が広がっている様子を肌で感じることができました。


牟岐町物産展

牟岐町の魅力を詰め込んだ物産展は、地元産の海産物や加工食品、牟岐茶(モリンガを使ったハーブティー)、そして新発売の「千年さんごプリン」など、バラエティ豊かな品揃えが特徴でした。商店街を訪れる多くの人々が足を止め、商品の説明を聞きながら試食を楽しむ様子が印象的でした。中には「故郷を思い出す」と感動する牟岐町出身の方もおり、会話が自然と弾む光景が広がっていました。

今回初めて登場した「千年さんごプリン」は来場者の興味を大いに引きつけました。地元の味を多くの方々に届けられたことで、牟岐町の魅力を広める大きな手応えを感じました。


松本ゼミ × オレンジフィールズ×牟岐町コラボメニューイベント

今回の目玉企画の一つ、「松本ゼミ × オレンジフィールズ × 牟岐町」のコラボメニューが12月7日(土)よりスタート。イチ押しは何といっても「ゆずの和風パスタ」。爽やかな柚子の香りと深みのある味わいが特徴で、来場者から絶賛の声が寄せられました。店内には開始早々から多くの人が訪れ、一時は席が埋まるほどの大盛況。オレンジフィールズのスタッフの皆さんと共にお客様を迎える中で、店内は笑い声と温かな交流が広がっていました。

さらに、私たちゼミ生が工夫を凝らして用意したチラシやSNSの広報効果もあり、OBOGの皆様や地元の方々も多数足を運んでくださいました。自由帳には「美味しかった!」「また食べたい!」といった声がたくさん書き込まれ、目を通すたびに努力が報われるような感動を覚えました。事前準備や広報の難しさを感じる場面もありましたが、お客様の笑顔を見た瞬間に、全てが報われたような達成感を得ることができました。コラボメニューは、「ゆずの和風パスタ」以外にも「ゆずのバスクチーズケーキ」「ゆずようかん」といったデザートメニューもあります。デザートと一緒にオレンジフィールズ・ティーガーデンの美味しい紅茶と一緒に味わっていただきたいです。2024年12月30日(月)までの期間限定となっております。この記事を見られた方は、ぜひ、オレンジフィールズ・ティーガーデンに足を運んでいただきたいです。

〈Orange Fields Tea Garden〉https://www.orangefields-teagarden.com/
〒530-0041大阪府大阪市北区天神橋3-7-26レジュールアッシュ梅田イースト 102
営業時間:平日11:00~18:00 / 土日祝8:30~18:00(モーニングあり)


イベントを通じた絆の再発見

今回の「関西むぎの日」は、牟岐町と大阪を繋ぐ架け橋となる、特別な一日でした。商店街全体に広がる賑わい、参加者の笑顔、そして私たちゼミ生自身が得た達成感は、言葉では表しきれないほどの喜びで溢れています。

2023年度卒で、松本ゼミ長であった狭川 文菜(さがわ ふみな)さんからは、「ここ3年、関西むぎの日に訪れていますが、商店街のお店とのコラボ等年々規模が大きくなっていて後輩たちが日々頑張っているんだなあと実感します。また、卒業してからもイベントに参加する時には温かく話しかけてくださる牟岐町の皆さんには毎度感謝しかありません。数は少なくなってしまいましたが、今後も繋がりを継続していきたいと思っております。」と、メッセージをいただきました。

私たち松本ゼミは、牟岐町の方々や地元の企業の皆様と共に、地域を繋ぐ取り組みを続けていきます。そして、このイベントをきっかけに生まれた新しい絆が、これからも続いていくことを心から願っています。今後とも皆様の温かいご支援をよろしくお願いいたします。

11月21日(木)、22(金)に京都府舞鶴市に伺いました。

11月21日(木)、22(金)に、大学時代に牟岐町で活動していた鳥井衣里さん(以下、とりちゃん)にお誘いいただき、京都府舞鶴市に伺いました。とりちゃんは徳島県出身で、牟岐町ではNPO法人ひとつむぎのメンバーとして活動し、様々な活動に参加していました。このハッピのイラストもとりちゃんのデザインです!大学卒業後、就職を機に京都府舞鶴市へ移住されています。

1日目は、学生のためのコミュニティスペースKATAlab.さんに伺いました。「いつか舞鶴に帰ってきたい。そんな若者が増える場所に。」という想いで今年の3月末に西舞鶴駅の近くにオープンしました。
KATAlab.を運営されているまちづくり団体mylink代表の高田智哉さん、副代表であり、舞鶴市地域おこし協力隊の原田翔太さん、スタッフであり、舞鶴市にある日星高等学校でコーディネーターをされている能勢ゆきさん、スタッフであり、舞鶴市地域おこし協力隊の藤田真奈さんが出迎えて下さりました。また、京丹後市から有限責任事業組合まちの人事企画室で相談員をされている稲本朱珠さん、宮津市から株式会社FoundingBaseの筒井章太さん、今村恵那さんも集まってくださりました。

コミュニティスペースKATAlab. https://katalab-maizuru.com/

まちの人事企画室 https://www.machi-jinji.co.jp/

株式会社 FoundingBase https://foundingbase.jp/

KATAlab.は高校生と共に地域の大工さんとワークショップを重ねて完成した、みんなの想いがこもった場所です。オープンし、高校生が集う中で、彼らが考案したという学生らしい個性的なインクも見せていただきました。

KATAlab.を運営しているメンバーは個々に本業があって、副業としてこの場を運営しています。また、今回のように舞鶴市だけではなく、京丹後市や宮津市などほかの市からもここに集うことがあります。
この交流会に牟岐町から参加していた一般社団法人遊観の下之坊竜治さんは「印象的だったのは、別事業者の横の繋がりです。月一でも会って話したり、情報共有を行ったり、『助け、助けられ』の関係があるのが心強いと思いました。」とおっしゃっていました。

KATAlab.についてのお話を聞き、地域で活動している方々と交流し、町に高校があることがどれだけ影響力があることなのかを感じました。牟岐町には高校がなく、外に出ていくしか選択肢はありません。しかし、ほかの地域と比べ、牟岐町ではお兄さんお姉さん的存在の大学生が多く活動しており、強みとなっています。子供たちが高校生になった時に、外に出ていくだけでなく、牟岐町で地域の人や大学生など様々な人と関われる機会や場が必要だと感じました。そこでの交流が彼らにとって新しい視点で牟岐町を見ることに繋がるとより町が開けていくのではないかと思います。

2日目は、とりちゃんの勤め先の自社イベントであるフリーマーケットへの出店をお誘いいただきました。下之坊竜治さんはオーダーメイドもできる刺繍が入ったTシャツと本のガチャガチャを出店しました。牟岐町からは缶バッジ製作体験とキャンペーンカードやパンフレットを持っていきました。

 お客さんや出店者の方から「今年、徳島に旅行に行ったよ」「阿波踊りを見に行って最高だった」と声をかけて下さったことが印象的でした。また、牟岐町で活動していた京都産業大学木原ゼミの卒業生もイベントに来てくれました。
牟岐町は知名度がそれほど高くない地域だと思います。しかし、来て下さった多くの方々から「小旅行をしてみたい」「出羽島を訪れてみたい」「ツーリングに行きたい」などのお声を頂きました。また、子供たちからは姫神祭りの海上パレードの缶バッジや満天の星空の缶バッジが人気でした。

牟岐町で活動していたとりちゃんが起点となり、この2日間で様々な方々とお話することができました。
1日目のKATAlab.では、お互いの活動内容や課題感などを共有し、気づきの多い充実した交流会となりました。今後も定期的に舞鶴市へ伺ったり、機会があれば牟岐町にも是非訪れてほしいと思います。
2日目のイベントでの出店では、牟岐町のことを知っていただける良い機会となり、有難いことに皆さんに興味を持っていただくことができました。また、牟岐町と繋がりがある方々とも久しぶりにお話しすることができて嬉しかったです。
今回ご縁を頂いた方々との繋がりを大切に、情報共有や意見交換をしながら、各地域やローカルだからこその魅力に目を向けたいと思います。

ライター:地域おこし協力隊 真武

第6回にぎわい産業祭に牟岐町で活動する大学生が出店しました。

11月17日(日)に牟岐町民体育館・B&Gプール周辺駐車場で第6回にぎわい産業祭が行われました。牟岐町で活動する関係人口として、徳島文理大学食物栄養学科もちっとむぎゅっとの会、徳島大学理工学部建築サークルAUT、NPO法人ひとつむぎが出店し、地域実習で牟岐町を訪れていた京都産業大学木原ゼミは地域の方々と共にイベントを楽しみました。

徳島文理大学もちっとむぎゅっとの会は、これまで牟岐町のもち麦や実生柚子、モリンガなどの食材を使って地域活性化につなげてきました。

「もちっとむぎゅっとの会」紹介
https://www.bunri-u.ac.jp/faculty/human-life/info-category/bunya/mochimugi/

今回は、牟岐の農業を守る会の「もち麦うどん」の販売のお手伝いとJA徳島県牟岐女性部の物産販売や試食のお手伝い、また商品や食材についてのアンケート集計を行いました。

販売や試食を通して学生からは「『母ぁちゃんもち麦味噌』を使った味噌汁が好評で、地域のおじいちゃんからは甘くて若者向けのお味噌だと意見をいただきました」「笑顔でいたら興味を持って来てくれて嬉しかったし、声をかけるのが楽しかったです」「また買いに来るねと声をかけていただいてフレンドリーだと感じました」などの声があり、普段はあまり話すことのない地域の方々との交流ができたことが心に残っているようでした。

徳島大学理工学部建築サークルAUTは、かいふの木の家(海部森林組合)と共同出店でクリスマスの子供向け工作体験を行いました。
3年生の福島暖空(はる)さんは、「今回の出店について、『かいふの木の家』さんに繋げていただいたことで、よりコミュニティに入っていけたように感じました。普段の活動では、8月に小学生向けの工作体験を行ったり、11月には出羽島の看板を制作したりして、看板は今年度中に設置予定です。また、改修している船戸荘をより多くの人に知ってもらうためにパンフレットを制作中です。」と、幅広く牟岐町で活動していることを伝えてくれました。
活動については、インスタグラムで発信しています。

徳島大学canso船戸荘利活用PJ (@canso_tokushima)
https://www.instagram.com/canso_tokushima?igsh=MTdwaWNsNmR6YjN6

NPO法人ひとつむぎの大学生3人と牟岐中学校1年生の富田輝(あきら)さんは、この夏から続けてきた中学生向けプログラム「ふらいき」で考案されたレンコ鯛の天丼を販売しました。天丼のつゆは、地域の方から教えていただいた出羽島の郷土料理である島そうめんのつゆのレシピを使用しました。レンコ鯛の煮つけの煮汁をつゆとしているため、天つゆよりも甘辛く旨味が感じられるものでした。

NPO法人ひとつむぎの活動はこちらから→
https://hitotsumugi.org/

理事長の中山知華さんは「ふらいきで学んだ課題から地域を元気にしたいという想いで、中学生や地域の方々と一緒にメニューを開発しました。地域の方々から好評だったのが嬉しかったです。」と感想を述べました。

富田輝さんは「結構売れて嬉しかったです。家では卵焼きを作ったり、ハンバーグを作るのをお手伝いしたりしています。レンコ鯛を揚げるのが難しかったけど、盛り付けは楽しかったです。知り合いが来てくれて褒めてくれました。」と、楽しく販売できたことを伝えてくれました。

京都産業大学木原ゼミの2年生は地域実習のため、牟岐町に滞在しており、産業祭を楽しんでいました。京都産業大学木原ゼミは、2018年から牟岐町で関係人口創出に関わる活動を行ってきました。これまで牟岐町の実生柚子の商品を京都のマルシェで販売したり、牟岐町のオリジナルブレンド米のパッケージデザインをゼミ生が考案したりしています。

「2回生初の牟岐町秋合宿を実施しました!」
https://www.kihara-seminar-web.net/2024/11/22/%EF%BC%92%E5%9B%9E%E7%94%9F%E5%88%9D%E3%81%AE%E7%89%9F%E5%B2%90%E7%94%BA%E7%A7%8B%E5%90%88%E5%AE%BF%E5%AE%9F%E6%96%BD%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F/

12月14日(土)の11時から17時30分には、コミュニティ・バンク京信QUESTIONにて「牟岐Day」が開催されます。特産品である実生ゆずをテーマに、木原ゼミが今までのイベントで繋がった出店者さんが集結し、コラボ商品を販売します。

【関西圏の皆様へ】12月に開催されるイベントのご案内
「牟岐Day」 https://www.town.tokushima-mugi.lg.jp/docs/2024112000022/

今回、初めて牟岐町を訪れた椙村萌恵さんは、「牟岐を訪れる前は、人口減少の問題があったり、外から来る人に対して良く思っていないんじゃないかなど、マイナスのイメージを持っていたけど、牟岐町は若者が集まる町だと感じました。また、大学生だけじゃできないことに対して、町民の方々が積極的に関わってくれて、アシストしてくれました。関わっていく中でみんな牟岐のことが好きで、その感覚が新鮮で羨ましいと思いました。」と、初めて訪れて感じた牟岐町の印象を伝えてくれました。

また、おばあさまが牟岐に住まわれているという木村諒佑さんは「私は父が牟岐町出身なので、幼い頃からこの町をよく訪れていました。木原ゼミに入る前はなんとなく田舎の小さい町というだけの認識でしたが、ゼミ活動という視点で改めて牟岐町に来て、町を盛り上げようとする役場の方々、町で活動する大学生や若者、住人などがひとつになって様々なプロジェクトを行っていることを知り、牟岐町の多面的な姿を感じることができました。今後のゼミ活動でまた新しい牟岐の一面を見つけていきたいと思います。」と意気込みを語ってくれました。

牟岐町では様々な若者関係人口が活動しています。今回、出店以外に、体育館には各団体の活動についてのパネルが展示されていました。産業祭をきっかけに、町民の方々にはいろんな若者がそれぞれの形で牟岐町で活動していることを知ってもらえたのではないでしょうか。大学生と町民の方々が直接関われる機会は少ないかもしれませんが、大学生が町民の方々と交流することで、お互いへの理解を深め、町への愛着を持つきっかけになっているのではないかと感じました。

ライター:地域おこし協力隊 真武