牟岐ふるさと応援店ステッカー&キャンペーンカード制作秘話 【株式会社ピースリーピースさんインタビュー】

牟岐町では、牟岐ゆかりの方や牟岐町を応援したい方が営む飲食店や宿泊施設、気軽に立ち寄れる施設などの情報を収集し『牟岐町ふるさと応援店』として情報発信を行っています。2024年11月時点で、牟岐町内の33事業者さん、徳島県内(牟岐町外)の28事業者さん、徳島県外の6事業者さんを登録しています。

牟岐ふるさと応援店を起点に、牟岐ゆかりの人たちが関西圏や首都圏などから牟岐の情報にアクセスをできたり、繋がりを持ち続けられたりすることで、牟岐人の輪を広げていきたいと思っています。

【牟岐ふるさと応援店情報】はこちらから⇩
https://www.town.tokushima-mugi.lg.jp/docs/2023031600016/  

今回、令和5年度事業で「牟岐ふるさと応援店」を広報することを目的に、牟岐ステッカーとキャンペーンカードを制作しました。制作してくださったのは、大阪に拠点を置く株式会社ピースリーピースさんです。ピースリーピースさんは誰もが知る毎日放送の番組宣伝用キャラクターである「らいよんチャン」の生みの親であり、広告やクリエイティブ業務をされている制作プロダクションです。
今回は、社長の阪上寿満子さんとフリーランスでグラフィックデザイナーの笹田憲孝さん、フリーランスでアーティストのJYAMIJYAMIさんにお話を伺いました。
【株式会社ピースリーピースHP】 http://www.artistbank-jp.com/p3p/about.html

「徳島は特別」という阪上さんは、幼少期には美波町の伊座利にあった祖父母の家に遊びに行っていたそうです。当時は魚が嫌いで、伊座利には遊ぶところがないと感じていたそうですが、祖父母との思い出や日常とはかけ離れた地域独自の文化を経験したことが「徳島は特別」という想いに繋がっています。現在は美波町に循環型サテライトオフィスを開設されており、昨年は牟岐町でSUP体験を行うなど、ワーケーションも行われています。

Q. 牟岐町は全国的に知名度がそれほど高くない地域だと思います。
そこで、牟岐町を初めて知ったのはいつで、どのようなきっかけだったのでしょうか?

阪上さん:私は、伊座利がゆかりの地なので、美波町にサテライトオフィスを開設させていただいております。その関係で、徳島県南地域の自治体さんにはご挨拶に伺っておりました。牟岐町さんにも2年ほど前(2022年頃)に視察をさせていただいて、その頃から定期的に町を訪れております。2022年の冬には、大阪で開催されていた「関西むぎの日」にも牟岐町のイラストを描くためのサンプル集めみたいな感じで遊びに行きました!

JYAMIJYAMIさん:そうですね。阪上さんから大阪で牟岐町のイベント(関西むぎの日)があるから「遊びにきーや」とお誘いを頂き、そこで牟岐町のことを知りました。企画に参加したり、勝浦花かつをを買ったり。イセエビ釣りの企画が印象的で、イセエビ食べたいなと思っていました(笑)

 「関西むぎの日」は2019年から始まった、関西で牟岐町出身の方々や牟岐ゆかりの方々と交流するイベントです。大阪公立大学経済学部松本ゼミとのコラボイベントも開催しています。牟岐の物産を買うことができたり、体験コーナーで牟岐の文化に触れられたり、牟岐町と繋がれて嬉しいと好評です。

Q. 実際に牟岐町に訪れられた時、何が印象的でしたか?

JYAMIJYAMIさん:牟岐町を訪れて、「海が綺麗やなぁ」というのが最初の印象でした。「海が中心となっている町」、「海があることが当たり前にある中での日常の営み」という感じで、こんな近くに海があったら毎日来たいなと思いました。モラスコむぎから見える景色も素敵でしたし、2日目に行った静かな海のところ(内妻海岸)の浜辺を歩いたり、すごく気持ちがよかったです。

阪上さん:やっぱり水が綺麗!今回、笹田さんと一緒に牟岐に来ることはができませんでしたが、牟岐町の写真をお見せしたり、ジャミちゃんと行ってきた牟岐の情報を色々お話ししたり、行かれていない立場から真っ白な状態で作ってもらえたんじゃないかなと思います。

牟岐町内をドライブしていると海が見えたり、波の音が聞こえたりします。「海が中心となっている町」「水が綺麗」というのは、住んでいると当たり前になってしまいますが、改めて牟岐町の魅力を作品として残すことができ、人に伝えられるのは意義のあることです。

Q. 出来上がった牟岐ステッカーとキャンペーンカードは牟岐町の空気感やいい意味でゆるい感じが伝わる素敵なデザインだと感じました。こだわりポイントを教えてください。

JYAMIJYAMIさん:私の絵のタッチは写真みたいなリアルなタッチじゃないので、綺麗な海や自然、鳥の声などをどうやったら絵にうまく再現できるかな、どうやったら牟岐の良さを伝えられるかなと不安なところはありました。実際に町を見て回ったり、意見を貰ったりしたことから、私のタッチを崩さずにイラストを描くことができたと思いました。

阪上さん:最初、ジャミちゃんのイラストを笹田さんと見て、「もっとジャミちゃんらしさ出したほうがいいよな」と駄目出しをして描き直してもらったんですよ。ジャミちゃんは役場の広報にするものに自分の個性的なタッチを取り入れて良いのかというのを気にしていたと思うんです。最初は試行錯誤してたよね。

笹田さん:僕はまずジャミちゃんの絵を一番に活かさないといけないなと考えていたので、表面はなるべくシンプルに、言いたいこととイラストが目立つようにしました。あとは、自然豊かな町ということで、ゆるめの書体でほんわかした感じが伝わるようなイメージで制作をさせていただきました。

阪上さん:カードには、ジャミちゃんのイラストが一面に入っていますが、実は笹田さんのデザインによって仕上がりが変わってきます。文字は、書体や微妙に大小を変えることで印象が変わります。紙の質感は、光沢紙とちょっと黄みかかった紙とでは大きく変わってきます。
ねこぐるまのカードを例にとると、バックの色を真っ白にしようかとか、後ろにポツポツを入れようよとか、一緒に話し合っていく中で、イラストレーションだけではなく、笹田さんのデザインによって加味されていくと、どんどん仕上がりも変わってきました。

Q. 細かいところまでこだわりが詰まったカードですよね。
では、制作で苦戦したところはありますか?

笹田さん:方言について、阪上さんと話をして、カタカナにしたほうがいいのか、標準語を先に出したほうがいいのかなど試行錯誤しました。
「これおっきょいなぁ」とか、方言が本当に使われているのかを確認しながら、それが新鮮で面白かったですね。さりげない感じじゃないとわざとらしさが出ますし、類似した言葉があったらこっちにしてくださいとかご指示いただきました。最終的には、方言を大きくカタカナで出すという風に分かりやすくできたなと思います。

阪上さん:私はカードの裏面の文章を書いたんですけど、文字数をできるだけ削って、内容を濃く伝えられるようにすることにすごく苦戦しました。
ここもメインの言葉を方言にするのか、語尾を方言にするのか、どの程度方言を強調するのかなど、方言の選定にすごく時間がかかりました。お借りした牟岐の方言についての書籍を何度も読み返しました。方言がデザインにも関わっていったし、方言がこのカードの肝になったという感じがします。

Q. 阪上さんから今回の反響が大きいと聞きましたが、シールやカードに対して、
ジャミジャミさん、笹田さんの周りの方々のリアクションはどのような感じでしょうか?

阪上さん:イラストレーションにキャッチーな雰囲気もあるし、牟岐町の雰囲気も伝えられるようにデザインしているので、放送局や広告代理店、クリエイターなどの皆さんが「自治体さんでこんなん作ってんねや」という印象を持ってくださっています。
最初、役場の方に「デジタルでなくていいんですか?」と聞いたら、「いや、紙がいいんです」とおっしゃられたんですけど、配ることがコミュニケーションツールにもなっていると感じます。「牟岐町ってどこ?」「こんなとこあるんや」とか早速調べて、「釣り行くわ」「波乗りに行くわ」「お魚食べに行くわ」とか言ってくれた人もたくさんいました。やっぱりアナログな感じがかえって温かみがあると感じています。

笹田さん:イラストも文字も可愛いねという反応が多いですね。
大阪の北堀江にあるART HOUSEで行ったジャミちゃんの展覧会にも今回のステッカーとカードを置いて…

JYAMIJYAMIさん:置いていた分は全部なくなりました!

JYAMIJYAMI solo exhibition “every day”
https://art-house.info/gallery/20240531jyamijyami/

Q. 今後、牟岐町でやりたいことや興味のあることはありますか?

阪上さん:今回作成した牟岐ステッカーとキャンペーンカードを2025年3月に行われる出羽島アート展で展示できたら面白いなと思っています。牟岐町の作品として一つそういう枠を設けることができたらいいんじゃないかなと。ステッカーやカードの存在を知ってもらえるように、制作秘話を一緒に展示していただいたら、もっと牟岐のことを知ってもらえると思うし、移住してきた方や役場の方々にもより近い存在に思ってもらえるかなと思います。

※出羽島アート展2025 は牟岐港から連絡船で約15分のところにある有人の離島・出羽島で3月22日から30日の10日間に開催予定。

笹田さん:僕はまず釣りとかね(笑)普段は和歌山のほうとか船で行って大きなアジやイサギを釣ったり、生まれが京都の海があるほうなので、イカを釣りに行ったりしています。
私のモットーが「楽しくお仕事をする」なんですが、牟岐町やジャミちゃんとの出会いがあり、ステッカー、カードを作らせていただき、またこんな企画があれば呼んでいただけたら嬉しいです。

JYAMIJYAMIさん:このお仕事から繋がりができたことがすごくよかったと思いますし、なんかまだまだやれますという感じですね(笑)もうやらしてくださいって感じで(笑)

阪上さん:業界でいう「また同じメンバーで」っていうやつね。
今回のメンバーで制作を進めていく中で、メンバーの新たな面を見ることができ、気持ちよくお仕事をさせていただきました。次の機会があれば、発展型企画を今回のメンバーと一緒にやらせて貰えると嬉しいです。

今回、徳島に繋がりがある阪上さんをはじめとし、牟岐ステッカーとキャンペーンカードの制作から牟岐人の輪が広がりました。牟岐のゆるい雰囲気と魅力がイラストとなったステッカーとカードは、牟岐ふるさと応援店の目印として置かれています。これを見て牟岐町を知ってもらえたり、興味を持ってもらえる機会が増えたのではないでしょうか。
是非見つけたらカードを手に取ったり、その魅力を周りの人たちに伝えてみて下さい。

ライター:牟岐町地域おこし協力隊 真武未有

牟岐町西又地区の文化祭を訪れました。

11月2日(土)、3日(日)、4日(月)に令和6年度牟岐町文化祭に合わせて西又文化祭が行われました。過去に西又地区でも展示が行われましたが、今年は久しぶりに西又コミュニティセンターで地域の方々の作品が展示されていました。

西又コミュニティセンターを入ってすぐに展示されていたこの写真は、タヌキが猫の餌を食べに来ていたところです。その後、何回か訪れてきたそうですが、一度ガツンと怒ってから来なくなったとおっしゃっていました。山奥の地域だからこそ起こり得るカオスな状況ですね。

現在は行われていませんが、旧河内小学校で行われていた三協共楽大運動会の写真が展示されており、当時の賑わいを見ることができました。

そのほかにも西又地区の歴史や文化を知ることができるものや地域の方々が持っているお宝が展示されていました。

11月2日(土)の10時30分からは、炭窯の西沢秀夫さんをはじめ、西沢さんのご家族や集落支援員さんにより西又炭窯の見学と餅つき体験が行われました。
餅つき体験では、最初は米粒がなくなるように押しつぶしていき、その後はリズムよくペタペタとついていきます。私は初めて臼で餅つきを体験しましたが、みんなでわいわいと力を合わせて餅をつく様子を見て、現代では餅つきをする家庭や地域は少なくなっていますが、かつては家族や地域の交流の場になっていたんだろうなと感じました。

つき立てのお餅の中に餡子を包んでいきました。(つまみ食いもしながら…)

包んだお餅は炭窯で作られた備長炭で焼いて食べるのも美味しいです。

「医者より難しい」と言われる備長炭作りは西沢秀夫さんのお父様が生まれる前から受け継がれる伝統的な産業です。西又地区にいくつか炭窯はありますが、現在使っているのは西沢さんの炭窯だけになりました。現在は数か月に1回の炭焼きを行っており、備長炭はご飯を炊いたり、湯を沸かしたりと日常生活に欠かせないものとなっています。

西沢秀夫さんから炭窯についての説明がありました。
「具体的に炭をどう作るかというと、まず、林から木を伐採することから始まる。木を窯にドーム状に組み込んでいくため、切ってきた木の枝を払って、長さを整えてから、軽トラまで人力で運ぶ。窯の中にはぎっしりと隙間なく詰めていくため、軽トラ何杯分もの木が必要になる。隙間があると、うまく炭が焼きあがらないんよね。
1回の炭焼きを行うのには2週間ほどかかるんやけど、ゆっくりと窯の中で乾燥させて、真っ赤になった炭をエブリという鉄の棒を使って掻き出すと、200kgほどの炭が出来上がる。中は1000℃程度で、特に窯出しの時は前日の夕方から当日の夕方まで一晩かかるので体力がいる。でも、火の焚き方によって炭の出来上がりが変わってくるのでそれが面白いんよ。
主にウバメガシを使って備長炭は作ると、ほかに比べて火力が強くて、持続するから湯を沸かしたり、煮物をしたりするのに使っている。イスノキやソバノキは火力がウバメガシより弱いから魚を焼くのにはいいんよね。」

「イベントとかで学生が炭窯に来てくれて、炭で炊いた米を使って餅や赤飯を用意すると喜んでくれるんが嬉しいんよね。だから炭を作り続けている。この前来てくれた学生には『なんぼでも好きなだけ居れ』と言ったこともあったな(笑)」

西又文化祭では、これまで知らなかった西又地区の歴史や文化を感じられる展示を観賞したり、地域の方々とお話をしたりする中で、より西又地区の魅力を感じることができ、また、地域の方々同士や外のコミュニティとより繋がることができたと感じました。大学時代からNPO法人ひとつむぎで活動していた百田磨凜さんは今回が初めての西又地区で、こんな素敵なところがあったんだと新しい牟岐町の魅力を体感していました。最後に、地域の方から「また来るんでよ」と言ってもらい、また帰ってきたくなる温かい場所だと改めて感じました。

ライター:地域おこし協力隊 真武

令和6年度牟岐町民共楽運動会が行われました。

10月13日(日)に旧牟岐小学校のグラウンドで牟岐町共楽運動会が行われました。
秋晴れの空の下、午前の部・午後の部で合わせて22種目が行われ、採点種目では5地区に分かれて採点されました。昨年より1地区が減ってしまいましたが、子供からご老人、また牟岐町で活動する大学生も参加しました。

午前の部は小学校徒競走から始まり、グラウンドゴルフ・ゲートボールやあわてないでネ!(二人三脚)、親子風船競争、中学生リレー、あっちむいてホイなどがありました。
和気あいあいと老若男女問わず楽しく参加できるのが牟岐の町民運動会の特徴です!

採点種目のびん釣り競争、バスケット競争、すごろく競争、200歳なわとびでは、小中学生にも負けないぐらい大人が必死に競い合っていました!直前まで自信がないと言いつつ、始まったら本気でぶつかっていくのが牟岐の大人たちです。

午前の部の二人三脚に参加した、NPO法人ひとつむぎの卒業生である岸壮真さんは 「1年ぶりにひとつむぎの卒業生として牟岐に帰ってきました。牟岐の中学生と二人三脚に出て、1番を取ることができました!いろんな人に会えて、懐かしい気持ちになりました。このようなイベントがなかったら帰って来る機会がなかなかありません。また来年も参加したいです!」と感想を述べました。

午後の部では、可愛らしい幼児かけっこから始まり、1500m競走、2人でキック、みんなでジャンプ、段ボール運びリレー、75歳以上が参加するわなげ、民謡など、バラエティに富んだ競技が行われました。

75歳以上の競技のわなげに出場されていた出羽島出身の梅津忍さんは「たまたま牟岐に帰ってきて、今日は(梅津さんの)5人姉妹の内の3人が揃いました。友人の原田玉江さんと一緒に75歳以上の競技に出ようよという話になり、わなげに参加しました。私は戦後すぐに生まれたため、あの頃は子供がうようよといる時代でした。今は人口が減っていますが、町民運動会に参加して昔を思い出すような懐かしい気持ちになりました。」と感想を述べました。

毎年恒例の福引では景品がびっしりと並べられていました。景品が当たると、キャーッと喜びの声が上がり、ジャンプして喜ぶ姿も見られました。特別賞の任天堂Switchを当てた方は、お孫さんと一緒に遊びたいと話してくれました。

団結力が試される採点種目のボーリング競争、綱引き、まり入れ、チーム対抗リレーでは参加者の町民が総動員されました!

その中でも特に印象的だったのは綱引きです。中高生や現役世代だけでなく、ご年配の方までが体を斜めにし、砂埃が立ち上がっていました。

全ての競技を終え、表彰式が行われました。
一年に一回、町民が町を盛り上げる牟岐町共楽町民運動会は今年も無事に幕を閉じました。副町長からの挨拶では、今年は去年より1チームが不参加だったことが残念だったとおっしゃっていました。来年は共楽町民運動会を牟岐町に帰ってくるひとつのきっかけとしていただき、牟岐町出身者も、移住者も、牟岐ゆかりの人もみんなで盛り上げていきましょう!

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

牟岐町総合戦略若者参画プロジェクトの提言が発表されました。

10月4日(金)に牟岐町役場大集会室で牟岐町に関わる若者により、次の五カ年計画の総合戦略に向けて提言がなされました。若者から町長や各課長に向けて、①中学生(NPO法人ひとつむぎによる牟岐の未来を考える活動「ふらいき」に参加)②高校生対象のSDGsスタディツアーを運営した県外の大学生(HLABサマースクール運営経験者)③牟岐町在住、出身、関係人口の若者(高校生から30歳以下)の3つのカテゴリーから提言がなされました。

まず、牟岐町総合戦略若者参画プロジェクトの運営を行った牟岐キャリアサポートの大西浩正さんから『ふらいき』に参加した中学生、SDGsスタディツアーを運営した県外大学生、牟岐キャリアサポートからの提言がありました。

〈NPO法人ひとつむぎによる牟岐の未来を考える活動「ふらいき」に参加した中学生〉
提言:「中学生の牟岐町の魅力を発信し、元気づけるアクションを支援して欲しい」

中学生対象のプログラムではまず、牟岐町の足らないところについてブレインストーミングを行った上で、農業と漁業に着目しました。ブレストでは、「いいところとして牟岐のご飯が美味しいことが挙げられていた反面、足りないところとして牟岐には飲食店が少ない」と意見が出ました。その後、農業と漁業のフィールドワークを実施しました。中学生からは「新しいものを作り出すというよりは、伝統や文化を大切にして、農業・漁業の課題をチャンスに変える挑戦を積極的に支援して欲しい」という意見がありました。活動をしている中で中学生は町への危機感を持っているように感じました。

農業と漁業ともに様々な多くの問題があることを知りましたが、農業については「六次産業化を進める必要性や顔が見える関係性を作ることで可能性が見いだせるのではないか」という意見になり、漁業については「牟岐町で水揚げされた新鮮な魚が食べられるようにしたり、若い人が食べたくなるような魅力的でお手軽な料理を作ったりすることで旅行客や消費者が増えるのではないか」という意見になりました。
中学生が大学生や地域の方の力を借りて、牟岐町の隠された産品を掘り起こし魅力的な料理を提供する『ふらいき食堂』は一度は台風10号のために中止となりましたが、『牟岐の子どもを育てる会』の支援や牟岐中学校の理解により11月2日の町民文化祭をゴールに期間を延長して実施することになりました。

〈高校生対象のSDGsスタディツアーを運営した県外の大学生〉
こちらは6人のメンバーでディスカッションを行いましたが、外から入ってくる関係人口の目線で考えられたことであるということを念頭に置いていただきたいと思います。
5年後の牟岐町について、大学生であるメンバーが社会人になった姿を想像して回答がありました。新しく欲しいもののコンセプトとして『人と気軽に繋がれる場所、出会える場所』『町と調和し、かつモダンな「なにか」』『その施設を目的に訪れる人のいる施設が必要。「ここ」に行きたい的なものがあるといいのでは』などがあり、具体的には『宿泊施設(ホステル)』『カフェ』『レンタル自転車等の町内での交通手段』がありました。何を残していくべきなのかについて議論する中で、『今の牟岐町にあるものを丁寧に言語化していく作業が大切なのではないか』という結論に至りました。
そもそも関係人口は必要なのかという問いについては、『現状では関係人口と住民を切り離して考える傾向があり、関係人口自らが持っているアイデアが町の利益にならないのでは…と、なにかやってみることを遠慮している部分があるため、持続可能な町づくりのためにより多くの牟岐町民を巻き込んだうえで、両者が継続的に議論し、小さなアクションからやってみる必要がある』となりました。
まとめとして、関係人口を交えた町づくりとして『①牟岐町の未来像について牟岐町民と関係人口が議論する場』『②上記で行われる継続的な議論を踏まえて、牟岐に必要な活動を洗い出す場』『③関係人口のやってみたいことのプラン化をサポートし、町の課題とマッチングさせる場』の3つのことが必要だと考えました。参加メンバーは、当事者として自らも主体となり町の人になりたいという気持ちを持っていました。

〈牟岐キャリアサポート〉
牟岐町には、現在活動している大学生以外にも、牟岐町に関わりを持った若手社会人や中高生時代に活動し、大学生や社会人になった今でも牟岐町に深くかかわる者が増加しています。牟岐町で活動することは難しいですが、応援したいとの声を聞いています。そのため、具体的には『施策案①社会人となった関係人口をターゲットにしたふるさと納税制度の整備』『施策案②若手社会人となった関係人口から情報や意見を聞く会議体(勉強会)』『施策案③他地域に住む牟岐町出身者と牟岐町で活動する大学生、過去に牟岐町で活動した若手社会人が対面で交流できる都市部における場の設置』を提言します。また、今年8月に南海トラフ地震臨時情報の発令時には、総合戦略若者参画プロジェクトのワークショップを欠席する学生が相次ぎ、地域実習等を行っている大学からも心配の声が上がっています。そのため、『施策案④平時は、若者関係人口、ワーキングホリデー、お試し移住等に対応し、災害時には緊急避難場所や社会弱者避難住宅、ボランティア宿舎として活用できる宿泊施設を確保すること』を提言します。昨年度からワーキングホリデーの受け入れを行っていますが、より永続性を考え、牟岐町の産業を衰退したままにしておかないために『施策案⑤関係人口を有効に活用し、牟岐町の産業、地域振興を推進するため、複数の事業者が人材をシェアし、地域横断で特産品の開発、広報、ふるさと納税返礼品等の業務を担う地域商社を、特定地域共同組合等の諸制度を活用して創設すること』が必要だと考えます。また、子供支援について、コロナ禍での学力やコミュニケーション能力が低下していること、不登校が増加傾向にあること、教職員を希望する者が減少していることから、これまで以上に地域と一体で子供の支援を行っていく必要があり、『施策案⑥子供たちへの対応は待ったなしの状況となっており、地域おこし協力隊など比較的財源確保が容易かつ即時性のある制度を活用し、教育コーディネーターの役割を担う人材を確保すること(愛媛県の「地域教育プロデューサー制度」が参考となる)』が必要だと考えます。来年春に旧海部病院に開設される海部高校第3寮については、牟岐町内在住の中高生との交流、地域行事への参画等を通して、これまで高校のなかった牟岐町に与える価値は大きいと思います。当法人が2022、23年度に企画したSDGsスタディツアーに参加した海部高校生から「大学生が多く集まる牟岐町の特性を活かした関わり方や活動に期待する」との声を聞いています。」

その後、牟岐町在住、出身、関係人口の若者(高校生から30歳以下)からの提言がありました。8月17日(日)には、牟岐に関わる若者30名が集まり、「牟岐若者ビジョン2030」策定ワークショップが行われ、意見を出し合っていました。

「牟岐若者ビジョン」策定ワークショップを行いました。
https://studio.mugizine.jp/2024/08/29/post-13729/

ワークショップ後、『防災』『子ども・教育』『移住・二拠点・関係人口』『産業』の4グループごとにもう一度オンラインで集まり、ビジョンや施策案をまとめました。
今回は、各グループのファシリテーターである、防災グループの八木俊樹さん、子ども・教育グループの川邊笑さん、移住・二拠点・関係人口の下之坊竜治さん、産業グループの田岡佑輝さんが代表して発表を行いました。

〈防災グループ〉
ビジョン:「災害が起こる前提で、災害後を大きなチャンスと捉えられる町」

八木俊樹さん
今年は能登半島での地震もあり、本ワークショップ日も南海トラフ巨大地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されている中で行われました。私たちのグループには、牟岐出身者、移住者、短期滞在中など、様々な形で牟岐に関わっている方々とディスカションを行いましたが、「牟岐町が好き」「関わっていきたい」という共通点を持っていました。

1つ目は「多様な人たちがそれぞれの強みを活かした繋がりを増やすこと」を軸とした、 『施策案①行政、地元民、移住民、サーファー、若者など立場を問わず多様な強みや得意を活かした協力ネットワークの強化』 『施策案②増加傾向にある関係人口が安心して訪れることのできる防災インフラ整備と、被災経験者や支援者との繋がり強化』です。
2つ目は、「災害後に向けて災害前からできること」を軸とした 『施策案③牟岐町内のどこにいたとしても被災のタイミングで避難できる避難デザインと能登半島地震を教訓とする町外との道路分断対策』 『施策案④空き家問題の解消および民間運営施設(ホステルなど)と災害時避 難場所の官民協業体制の構築』 『施策案⑤つい見たくなるオシャレな防災・避難デザインと町民の日常の楽しみの中に防災を取り組む行事創出』 を提言させて頂きます。
防災はすごく大事なことだけど、日々の生活となかなか重ならないように感じます。でも例えば、サーファーと移住してきた人が繋がりあったり、町外の人と牟岐出身の人が繋がりあったりしながら、自然に防災に向けた関係性ができたり、町の行事を通じて、避難ルートを知るきっかけになったりする。そんな日々の楽しい日常の中で防災意識を高めていける町づくりができれば、本当に災害が起こった時に、街全体で災害と向き合っていけるのではないかと考えました。

〈移住・二拠点・関係人口グループ〉
ビジョン:「移住、関係人口を増やし、町ぐるみで思いやりが循環する町」

下之坊竜治さん
『施策案①広報むぎにイベントのページを追加し、そのイベントカレンダーを牟岐町外向けに発信する』ことで、町民が牟岐の情報を受け取ることができる「広報むぎ」を見て、一目で牟岐の予定が分かるようになればより町が盛り上がるのではないかと考えました。また、「広報むぎ」は若者関係人口が増えている現状を知らない町民に伝える最適な媒体だと考えています。
移住者や関係人口を増やすためには、住民の思いやりが伝導していくことが大切です。しかし、オンラインのミーティングでは関係人口と町民の方々との関わりしろが少ないよねという話になりました。そのため、町民の方々が井戸端会議を始めたり、関係人口としてより一層住民に近くなれたりするように『施策案②牟岐の景観を楽しめる場所に一休みできつつ交流が始まるベンチ』『施策案③お祭りに町外の人も出店など、関係人口が関わる裾野を広げる』を提言したいと思います。また、牟岐町は自転車で町内全てを回れるようなコンパクトな町なので、『施策案④管理コストの低いコミュニティキッチンやレンタサイクルなどのシェアサービスの設置』をすると、町内外での資源や情報の往来が生まれることに繋がると考えました。

 

〈子ども・教育グループ〉
ビジョン:「豊かに学び、個性を発揮し、一人一人が輝く町」

川邊笑さん
子ども・教育グループからは3つの提言をさせていただきます。『施策案①豊かな学びの場作り:牟岐の強みを生かした体験活動(町外のひと対象)・地元を知り、郷土愛を育む機会(社会教育)』では、牟岐町内外関わらず、牟岐の強みを活かした体験活動や自然体験ができる機会を作ることで郷土愛を育みたいと思っています。『施策案②自己現実の機会創出:こどもも大人も何かやりたい人へヒト・モノ・カネのマッチング支援』では、何かチャレンジしたい子供、若者、大人などを応援していく仕組みを作りたいと思っています。具体的には、ふるさと納税の連携や牟岐町の人材スキルマッチの機会などを考えています。『施策案③セーフティーネットづくり:すべての子供たちが学べる環境づくり、地域の孤立を防ぐ取組』では、学習支援や居場所支援、訪問支援などを通して、近年不登校や貧困、ヤングケアラーなど様々な問題がある中で一人ひとりが活躍できるまちづくりを目指していきたいと思っていますし、多世代で地域の人が緩やかに繋がれるコミュニティづくりもしていけたらと思っています。また、牟岐町だけではなく、他機関と連携しないと子供たちを支えていけないので広域連携を視野に入れて進めていくことが大事なのではないかと思いました。

〈産業グループ〉
ビジョン:「世代や職種の枠にとらわれない働き方ができる町」

田岡佑輝さん
産業グループでは、様々なビジョンを持つ者が集まり、これまでの産業の枠にとらわれない話し合いを進めていく中で、3つのことを考えました。牟岐町は海と山が近い町ですが、取り組みや生業では分断されているように感じています。そのため、資源を別の視点で産業として生かすことができないかと考え、『施策案①お互いの良いところを結び付けて新たな価値を創出していく、山と海を結び付けるアクティビティづくり』を提言します。新しいものをつくるだけでなく、今あるものを活かしていくことも重要だと考えました。また、ライフスタイルに合った働き方ができ、地域に関わるハードルを下げたいという意見から、農業や漁業で困っている方や新たな事業を進めたいけど手が足りない方と小さなことから手伝えたり、働くことができたりする方を繋げることができる『施策案②地域の小さな困りごとを可視化して、みんなで解決していく、牟岐町はたらくマッチングサイト』を考えました。世代や職種を超えて『施策案③ゆるやかにつながり、新たな何かが生まれる多世代が交流できる場づくり』をすることでより牟岐を良くしていけると考えます。

最後に、一般社団法人COAsの高木裕人さんから提言がありました。
提言:『牟岐みらいサミット』の開催

一般社団法人COAsは東京に事務所は置きつつも、他拠点でいろんな地域を訪れています。ほかの地域と比べて、牟岐町は誰かひとりではなく、一人ひとりが確実に歩みを進めていて、多様性がある地域だと思います。私は今回がまだ3回目の牟岐町ですが、すでに牟岐町に魅了されていて、若者を引き付ける魅力があると感じています。
2021年に『牟岐みらい会議』が行われていたと伺いました。そこで、多世代でいろんな人たちが年一回集まれる『牟岐みらいサミット』を牟岐町と牟岐で暮らす若者や牟岐に関わる若者を中心に共同開催することを提言いたします。総合戦略を作って終わりとするのではなく、町全体で見つめなおしながら実体を確実なものにしていくために主体的に牟岐を作っていける語る場を作るべきと考えました。

総合戦略に向けて活動する若者の様子の映像制作を行った牟岐町出身の櫨山晴菜さんからは「この夏、総合戦略に向けて活動する若者を中心に牟岐町の動きを映像に収めてきました。去年と比べて牟岐に帰ってくることができてよかったです。町内外関わらず多くの人と話すことができ、より人の良さを感じることができました。」と感想がありました。

『ふらいき』の活動を運営した藤村海妥さんからは「私は中学生のときシラタマ活動に参加し、それまでは気づかなかった牟岐町の良さや牟岐の人のあたたかさを知りました。そして大学生になった今、そのことを中学生にも伝え、牟岐に愛着を持ち将来少しでも携わって欲しいという思いから、この『ふらいき』の運営をやりたいと思いました。
コロナ禍の影響もありこのような学校外でのイベントがあまりない中、不慣れながらも活動に取り組み、牟岐のことについて話し合いをする中学生の姿がありました。私自身も牟岐の良さや未来の牟岐について真剣に考える中学生をみて嬉しく思いました。
台風の影響により8月に5日間予定していたイベントが延期になり、11月2日に行う文化祭がゴールになりましたが、そこではたくさんの地域の方と協力しながらこの活動を通して中学生自信がなにかひとつでも得られるものがあればいいなと思います。」と牟岐のことや子供たちへの気持ちを教えてくれました。

各課長からは「牟岐にいい流れができてきていると思う」「情報発信が弱いので今後力を入れたい」「ここに集まっている皆さんのような人を作る教育をしたい」などの声がありました。

全ての発表を終えて、枡富治町長からは「牟岐町には牟岐のことを真剣に考える若者が集まってくれています。今回頂いた提言をできるだけ実現させていきたいと思います。『牟岐みらいサミット』はぜひ実現させましょう!」と励ましのお言葉を頂きました。

この夏、様々な立場の若者が牟岐町の未来について考え、議論してきました。若者たちが想いを言語化する中でより牟岐町への想いがより強くなりました。5年後の牟岐町をより良いものにしていくために、ここで終わらせるのではなく、提言をもとにアクションを起こし、町を少しずつ変えていきましょう!

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

徳島県牟岐町でデュアルスクールを体験【橋本康太さんにインタビュー】

徳島県では、住民票は移さずに一定期間、保護者とお子様が地方に移住し、地方と都市の両方の学校で教育を受けることができるデュアルスクールを進めており、牟岐町もそのひとつです。

デュアルスクールについて
地方と都市の交流人口や「関係人口」の増加による地方創生と少子化への対応、子どもの豊かな体験機会の提供の視点から、地方と都市の学校を結ぶ教育環境を創造することによって、地方と都市双方の視点に立った考え方のできる人材を育成するとともに、「二地域居住」や「地方移住」を促進することを目的としています。(株式会社あわえから引用)
https://www.awae.co.jp/dualschool

今回、東京から牟岐町にデュアルスクールで滞在している橋本康太さんにお話を伺いました。橋本さんは牟岐町出身で、中学校までを牟岐町で過ごし、中学校のバスケ部では全国大会へ出場。その後は高知県の高校に進学されましたが、長めの連休には牟岐町に帰ってきていたそうです。現在は東京でリモートワーク推奨の会社で働きながら、奥様と3人のお子様と暮らされています。昨年もご長男様とデュアルスクールで牟岐町に滞在されており、今回は2回目の滞在となります。

Q. なぜデュアルスクールをしようと思ったのですか?
私は普段、東京に住んでいるのですが、きっかけは近くの銭湯に行ったときにたまたま見た報道番組で海陽町のデュアルスクールが取り上げられていたことです。そこで調べてみると、株式会社あわえのホームページにたどり着き、「うちの子もいいかな」と思いました。

私は、牟岐町に生まれて、高校では高知県に住んでいたし、現在は東京に住んでいますが、子どもは東京でしか住んだことがありません。東京では地方に関する情報はあるのですが、見聞きするだけでなく、多様性(地域性の違いによる文化、言語など)を実際に地方で暮らす中で学んでほしいと思いました。また、自分自身も仕事や子育てでしんどい時期だったので、ちょっと普段とは違う環境に身を置きたいという気持ちがありました。東京だと周りに頼ることが難しいですが、地方だと地域全体で子どもを育てていくような感じがありますよね。こっちに来てから、子どもが「釣りをしたい」と言い始めました。そうしたら近くに住んでいる漁師さんが道具を一式貸してくれて、最近は東の港で釣りを楽しんでいます。

 

 

Q. 都市部と牟岐での働き方についてお聞かせください。
リモートワークが多いので、東京の自宅では生活と仕事が一緒になっていて、息の詰まるような気分になることがありました。牟岐に来てからは、モラスコむぎのコワーキングスペースで働いていますが、管理や運営をされている方々に良くしてもらっています。モニターがあったり、椅子もいいものを置いているので仕事がしやすいです。海が見えるテラスでモーニングを食べることもあり、リフレッシュしながら働くことができています。

Q. 滞在して感じたことを踏まえて、今後はどのような関わり方をしたいと考えますか?

昨年、牟岐に初めてデュアルスクールで滞在した時はバケーション感覚だったというか、周囲にも特別感がありました。2回目の今回はそのような感覚は薄くなっていて、日常として生活ができているなと感じます。知っている人たちと会うことが多く、牟岐町は安らぐ場になっています。
今後は、デュアルスクールの制度がより整っていき、自治体として持続的な形をとれるのであれば、二拠点居住のような形で春先から夏にかけて、または夏から秋のお祭りにかけてなど、牟岐の良さを存分に感じられる季節に長い期間で滞在して、町の活性化に貢献できたらと思っています。

現在、二地域居住が話題になっておりますが、親御さんの仕事やお子さんの教育環境など、超えないといけないハードルは、依然として高い実情があります。このような状況の中でデュアルスクールはお子さんの教育環境を軸に、家族での二地域居住を模索することができます。

「地方」と「都市」、双方の視点に立つことで、見える世界は確実に変化し、相互理解が進んでいくことを私は感じています。牟岐町で活動を行った都市部の学生の中でも、牟岐町で活動を行った経験から、土地や地域への愛着を理解できるようになったという話を伺ったことがありました。

生活環境が違うことで、一つの物事に関する感じ方や受け取り方にも違いが生じます。地域それぞれの良さを感じ、違いを肯定的に捉えられる教育がこれから必要なのではないでしょうか。複数地域での生活は、その違いを感じることができ、また、新たな故郷を持つきっかけになるかもしれません。

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

「島を知り混ざるワークショップ」を開催しました!

9月22日(日)に出羽島の波止の家で「島を知り混ざるワークショップ」を開催しました。このワークショップは2025年3月に開催される出羽島アート展2025に向けて、これまで出羽島に関わってきた方々と若者との交流を行い、アート展に向けて気持ちを高めあうこと及び出羽島を知ってもらうことを目的に行いました。

【出羽島アート展2025】
開催日時:2025年3月22日(土)~30日(日)の9日間
今年のアート展のテーマは「混ざる」。世代・社会・自然・時代・多様な人々を混ざり合わせ、島の魅力を体感するアート展を目指します。
〈2024年10月現在、屋外作品を募集中!〉
https://www.town.tokushima-mugi.lg.jp/docs/2024090300015/

11:10に牟岐港発の出羽島連絡船(大生丸)に乗り、出羽島へ出発しました。今回の参加者である若者ら8名はこれまで出羽島を訪れたことがない人が多く、連絡船に乗るときから旅に出るようなワクワク感がありました。

15分程度の船旅を終え、出羽島港に到着し、波止の家では、田中漁協組合長と出羽島婦人会の田中さん、鈴木さん、濵さん、本田さんが出迎えて下さりました。アイスブレイクで自己紹介を行った後、お昼ご飯は婦人会の方々が作ってくださった島そうめんとおにぎりを頂きました。

鈴木さんからは「島そうめんは100年以上続く出羽島の伝統料理です。レンコ鯛を甘辛く煮付けて、その煮汁をつゆに使用しています。そうめんの横のすりおろしたショウガをつゆにいれても美味しいです。」と島そうめんについて説明をしてくださりました。

参加者の皆さんは初めての島そうめんを夢中で頬張っていました。
徳島大学医学部3年生の岩田悠利さんは、「食べる前から、まろやかで濃厚な赤物の魚の香りに包まれて待ちきれずソワソワしていました。そうめんをつゆに入れて3、4回ほどしっかり絡め一気に啜ると、甘みのある濃厚な風味が口の中に広がり、日本に啜る文化があって良かったと実感しました。連子鯛の煮付けは、口に入れた瞬間はふわっと、噛むごとに身はしっかりしていて、そうめんの上に載せて一緒に啜るのが絶品でした。」と美味しさを伝えてくれました。

食事の後、出羽島出身で長年漁協の組合長をされている田中組合長からお話をしてくださりました。島の暮らしはどのようなものなのか、これまで苦労してきたことや不便だったことを教えて下さりました。
電気は昭和41年(1966年)、水道は昭和48年(1973年)、し尿汲み取りは平成7年(1995年)に島に入ってきたこと、島のメインの井戸は島の人々の命を支えてきたこと、その井戸には人懐っこいカニクイウナギが住んでいたこと、テングサの収穫量の変化、お好み焼き屋さんが5件もあったことなど、長年住んでいる人にしかわからない貴重なお話をお聞かせいただきました。

私が印象的だったのは「この島に生まれてよかった。不便なのはこの上ないけどな(笑)」とおっしゃっていたことです。島にはスーパーもコンビニもなく、天気の関係で船が出ないときもありますが、島の方々と話していると、出羽島が好きなことが伝わってきます。人口減少や高齢化などの問題はありますが、これからも変わらず出羽島の魅力を守っていきたいと思いました。
※出羽島アート展2025では、島の方々からお話をお聞きし、「ききがき」として展示する予定です。

13:00頃からは牟岐観光ボランティアガイドの会の庄野さん、岡田さんのガイドで出羽島を散策しました。普段歩いている中では知らなかった歴史や特徴などを知ることができました。

牟岐観光ボランティアガイドの会〈出羽島ガイドウォーク〉
https://mugi-kankou.com/taiken/%e5%87%ba%e7%be%bd%e5%b3%b6%e3%82%ac%e3%82%a4%e3%83%89%e3%82%a6%e3%82%a9%e3%83%bc%e3%82%af/

田中組合長も一緒に島の案内をしてくれました。
島の石垣は丈夫で、台風が来てもびくともしないとのこと。

散策に参加した工藤瑞樹さんは「ボランティアガイドの方々の貴重なお話を通して、出羽島の歴史を感じることができました。 ミセ造りの家屋には、品物の陳列や談笑をする縁側があり、島で獲れた魚や作物を並べ、人と共に豊かな生活を営んでいたことが感じられます。島民の生活の歴史を知り、時間的な連続性を感じ、タイムスリップしたようでした。」と、おっしゃっていました。

散策後は、絵手紙をかく会の木本さん、黒崎さん、鈴木さんにお手伝いいただき、これまで出羽島に滞在して感じた島の魅力を絵手紙にしました。参加者は絵手紙初心者でしたが、「ヘタでいい、ヘタがいい」の心得で自由にのびのびと描くことができました。

今回のテーマは「散策して感じた島の魅力を絵手紙にする」。
散策で見つけたハイビスカスや浮きガラス、小道から見える港の風景、石垣など、島の風景が多く見られました。最後に、描けた人から島にひとつだけあるポストから絵手紙をそれぞれの大切な人へ送りました。

マレーシアのホームステイ先の家族に送るという牟岐町出身の櫨山晴菜さんは「私は去年の夏、マレーシアのとある家族のところで少しの間だけホームステイをしました。ホストファミリーはとても優しくて色んな話をしました。その中でも、私の生まれ育った牟岐の話をしたらとても興味深く聞いてくれて、行ってみたいと言ってくれたことが忘れられません。この絵手紙を送ることでホストファミリーが私と過ごしたことを少しでも思い出して、あんなことを話してたなぁと思いながら少しでも牟岐の温かさが伝わってくれたらとても嬉しいです。」と想いを伝えてくれました。絵手紙に書いた「terima kesih」はありがとうという意味だそう。

島の方々に絵手紙をお見せすると、「うわ~!綺麗な~!」と喜んでくださりました。
お見送りでは船が見えなくなるまで手を振り続けて下さり、出羽島の人々の温かさを最後まで感じました。

出羽島アート展2024に参加していた谷尚俊さんは「私は昨年度の出羽島アート展に訪れ、ゆったりとした時間が流れる出羽島に興味を持ち、今回のワークショップに参加しました。ワークショップでは、出羽島の住民の方のお話を伺い、出羽島の歴史や現状について知ることができたのが印象的でした。出羽島の歴史はまさに唯一無二で、とても魅力的だと思いました。 島そうめんも美味しかったです。また訪れたいと思います。」と、より島への理解を深められたと伝えてくれました。

今回、初めて出羽島を訪れ、これからアート展に向けて関わってくれる四国大学生活科学部人間生活科学科デザインコース2年生の木本青空くんは「私が初めて出羽島を訪れたのは小学4、5年生の頃で、出羽島アート展の時だったと思います。今回、出羽島アート展のボランティアに参加することになり、年月を得て、また出羽島を訪れ、今度は私が出羽島に来た人々を楽しませる側として携われることはとても考え深いなと思いました。様々な人と関わり、自分の中に無い新しい何かが芽生えれば嬉しいです。」と意気込みを伝えてくれました。

出羽島に興味はあったが、訪れる機会がなかったと言っていた人も、出羽島をもう一度訪れたいと言っていた人も、このワークショップを通して、楽しく島のことを知り、理解を深められたのではないかと感じました。出羽島アート展2025やこれからの出羽島に向けて、島の魅力を守りながら少しでも元気にできたらと思います。

ライター:地域おこし協力隊 真武未有

〈大阪公立大学松本ゼミと協同〉天神天満阿波おどりにて、三好市×牟岐町の物産販売!

8月25日(日)に天神橋筋商店街と大阪天満宮で天神天満阿波おどりが開催されました。今回は、大阪公立大学松本ゼミの皆さんがゼミ活動をしている三好市と牟岐町の共同で、天神橋筋二丁目のコロッケ中村屋横のブースで物産販売を行い、同時に、これまで松本ゼミがどのような活動を行ってきたのかが分かる展示と冊子配りが行われました。三好市での活動に関わっている徳島県立池田高等学校の学生の皆さんもお手伝いに来てくれました。

牟岐町の物産販売では、勝浦花かつを200袋と牟岐町産モリンガと阿波藍のハーブティーである「牟岐茶」の販売を行いました。勝浦花かつをは完売し、牟岐茶も人気商品となりました。

物産販売だけではなく、松本ゼミがこれまで各地域でどのような活動を行ってきたのかをまとめた展示とパンフレットの配布も行いました。牟岐や出羽島の出身の方々が鰹節を購入される際に、松本ゼミの展示を見たり、パンフレットを持って帰ってくださったりと、松本ゼミを通して大阪で牟岐町にゆかりのある方々と繋がる機会になりました。

4年生の山﨑杏純さんは「展示物やパンフレットを作成して自分たちなりに工夫して準備しましたが、当日になるまで内心ドキドキでした。しかし、たくさんの方々が足を止めてくださりお話して興味を持っていただけたのがとても嬉しかったです。」と、実際にやってみて感じた手ごたえを伝えてくれました。

牟岐町と繋がりがある方だけでなく、商店街を歩いてられた方々や外国人観光客も興味を持ってくださり、特に、牟岐茶はスーパーフードであるモリンガが入っていることや牟岐の海をイメージしたマリンブルーが珍しく、お土産として買われていました。

物産販売後のリフレクションでは様々な意見と今後に向けた課題が議論されました。
三好市と牟岐町のブースを訪れる人の特徴について、三好市のブースに来る人は観光で三好市を訪れたことがある通りすがりの「新規の方」が多いように感じられました。思っていた以上にパンフレットに反応してくれる方が多く、「話していく中でその人に合ったパンフレットを渡すことができた」「ゼミの冊子を渡すとゼミに興味を持ってくれたりした人もいてよかった」という意見が多くありました。
三好市とは対照的に、牟岐町のブースに来る人は年配の方が多く、鰹節が好きな方や出身者の方など、これまで牟岐町とかかわりのある「ファン」が多く見られました。今回は、観光情報や物産情報が多かったため、「今後は出身者やゆかりの人へのアピールにより繋がりを強くすることが課題なのではないか」という意見がありました。

また、三好市と牟岐町が共同で物産販売を行ったことについて、「別地域の特産品を初めて知ることができた」とお互いの地域を認知することができたという一方で、「物産や地域についてもっと知れていたらよかった」「会話が広げられるように徳島への理解を深めたい」とより深く理解し、伝えられたら良かったという意見がありました。また、大阪で阿波踊りを通して物産販売を行ったことで、市や町であること以上に私たちは徳島県人なんだという意識が強くなったように思えました。

お手伝いに来ていた池田高等学校の高校生の皆さんからは、
「都会の人たちは冷たそうだというイメージがあったけど、話してみると気さくだった」
「自分から話しかけないと話せないんだなと気づいた」
「探究活動の知識を使って、パンフレットを渡すときに戦略的に動くことができた」
などの意見があり、普段は来ることのない大阪の商店街での活動は実用的で、気づきが多いものとなったようでした。

令和3年度から始まった大阪公立大学松本ゼミと牟岐町の連携ですが、これまで天神橋筋商店街を牟岐町が年に数回訪れることができているのは、松本ゼミの活動のおかげです。
最後に、4年生の近藤拓実さんから「4年生は卒業してしまいますが、松本ゼミの活動やこれまでの関係性は続いていきます」と今後の松本ゼミの活動を後輩に託し、今後の活動へ励ましの言葉を贈ってくれました。
3年生の滝瀬央佳さんからは「実際に牟岐や三好という地域、そして商品に興味をもってくださるお客様と対話することで、改めて遠く離れた大阪という地で物産展を行う意義を実感することができました。牟岐と大阪をつなぐ架け橋となれるよう松本ゼミとして力を尽くしていきたいと思います。」と伝えてくれました。

卒業後も牟岐町に気軽にいつでも帰ってきてほしいと思いますし、これからも大阪で繋がれる機会を作っていきたいと思います。

ライター:牟岐町地域おこし協力隊 真武未有

200年以上の歴史がある牟岐慰霊踊りが復活しました。

8月13日(火)に旧牟岐小学校のグラウンドで18時から牟岐慰霊踊りが行われ、18時30分からは阿波踊りが行われました。
コロナウイルス感染症の影響と牟岐慰霊踊りを主催する遺族の世話役不在等により中断されていましたが、有志により牟岐慰霊踊りの会が発足し、5年ぶりに開催されました。初盆を迎えた新仏を踊りで供養する牟岐の慰霊踊りは、白い幕を垂らした一文字笠をかぶり、顔を隠した衣装で、牟岐音頭に合わせてシンプルな6つの動作を繰り返し、しっとりゆったりと踊るのが特徴です。

慰霊踊りの冒頭には、民謡踊クラブの皆様から踊り方のレクチャーがありました。6つの動作のみでできる踊りのため、初めは難しいと言ってらっしゃった方々も回数を重ねると、音頭に合わせておしとやかに踊ることができていました。

牟岐慰霊踊りの会の和西会長は、「これまでは西の町と東の町に分かれて踊っていたので、一緒に踊るのは初めての試み。こんなに人が集まるとは正直思ってなかった(笑)」とおっしゃっていました。
また、「慰霊踊りは、お寺や神社など宗教にはなんの繋がりもない自然発生した踊りなんやけど、初盆の大切な行事で、牟岐の人たちにとっては49日や100日のような供養の一括りのような意味合いがある。例えば、隣のおじさんが亡くなったり、親戚の人が亡くなったりしたときに、『そういえば初盆やったんやな。』『あの人が亡くなったから踊りに行ったるけ。』『あの人が若い時は~』とか、そういう会話が生まれるんよ」と教えていただき、慰霊踊りはみんながそれぞれの「あの人」を思い出す場になっているんだと感じました。

徳島県内にいくつか慰霊踊りがあったようですが、どんどん廃れていったようで、牟岐慰霊踊りも昔とは少し変わったそうです。

「牟岐慰霊踊りはいつも夕方6時くらいから始めるのには変わりがないんやけど、昔は夜通しやっていた。音頭を語る人がたくさんいたし、題材もたくさんあって、大体1人1時間程度で、それが10人、20人と続いていたからね。だから、慰霊踊りを終えて、牟岐在住の70・80代の方々からは『よおやってくれたなあ』と言ってもらえることができ、思い入れがあるんだと感じたね」。

また、慰霊踊りが復活することを知った方からは「牟岐出身の父が亡くなったのだが、提灯を持って慰霊踊りに参加してもいいだろうか?牟岐に自分自身は訪れたことがないから父の地元を訪れてみたい」というお話があったそう。
「伝統文化である慰霊踊りが帰省するきっかけになったのがすごく嬉しくて、今後もこのような人の流れを作っていきたいと思った」と、想いを語ってくださりました。

これまでの牟岐慰霊踊りとは変わり、地元の阿波踊り連「とんま連」による阿波踊りも行われました。町民の皆さんの手拍子が響き、慰霊踊りとはまた違ったイキイキした雰囲気を感じました。最後には、町民も一緒になって阿波踊りを踊り出しました。
これまで一緒に踊られてこなかった牟岐慰霊踊りと阿波踊りですが、牟岐慰霊踊りで亡くなった方に想いを馳せ、最後は阿波踊りで明るくエネルギッシュに締める様子は、まさに徳島・牟岐でしか起こり得なかった新しいお盆の情景だと感じました。

「牟岐若者ビジョン2030」策定ワークショップを行いました。

8月17日(日)の10時から16時に牟岐町海の総合文化センター大集会室で牟岐町総合戦略若者参画プロジェクトの「牟岐若者ビジョン2030」策定ワークショップが行われました。牟岐町在住、出身または牟岐町で活動する高校1年生から30歳までの若者20人が集まり、今年度策定する牟岐町の新・総合戦略に盛り込みたい内容について、意見を出し合い取りまとめるという内容です。この日は、南海トラフ巨大地震臨時情報(巨大地震注意)が発表されていたため、今地震が起きたらどうするのかを確認した上でプロジェクトが進行されました。

まず、NPO法人牟岐キャリアサポートの大西浩正さんからのお話がありました。
「地方自治体の総合戦略は人口ビジョン、つまり人口増加を目的とした戦略を掲げているため、どこも似たり寄ったりしてしまいます。しかし、牟岐町では町と繋がる関係人口の拡大が新しい人の流れを作り、地域課題解決の支援ができるようにしたいと考えています。高齢化率が50%を超える牟岐町では、子供や若者の存在がより重要になっているので、出身者や町で活動する関係人口の意見も取り入れていきたいと思い、今回のワークショップを行うことになりました。」と、若者関係人口の重要性の説明がありました。
また、総合戦略若者参画プロジェクトでは、今回のワークショップのほかに、中学生からの提言夏休みプログラム「ふらいき」、SDGsスタディツアー運営大学生からの提言、2024年夏の若者の動きをドキュメンタリー映像で記録するなど、様々な視点からの動きがあります。

牟岐町役場企画政策課の中山拓真さんからは牟岐町の概要、総合戦略や人口ビジョンなどの説明がありましたが、その中で印象的だったのは牟岐町の直近10年間の取り組みの特徴です。
「2014年から始まった教育事業をきっかけに多くの若者が町を訪れました。牟岐町では、他の地域から若者が訪れることが町に及ぼす効果に着目し、国の政策に「関係人口」が登場する前から「関係人口」を意識した取り組みを進めてきました。」

また、牟岐町史から当時牟岐町長であった中村龍光氏の発刊のことばを紹介し、

「かかる牟岐町発展の根源は自然の摂理はさることながら先人が幾多の苦難を克服し、自然の威力にひるまず長年に亘り、それぞれの時代に対処して、築き上げてきた文化的総和が、現在の牟岐町の姿でありましょう。」

と、疫病や災害など、自然の驚異を感じる昨今の実情を踏まえ、先人がやってきたように、これから私たちが困難に立ち向かうことが牟岐町の未来を切り開いていくことにつながると士気を高めました。

今回のワークショップのゴールは「2030年の牟岐町を想像して、明日からのアクションにつなげる」ことです。ファシリテーターは「すべての人に、人生の拠点を」をビジョンに掲げられている一般社団法人COAsの代表である高木裕人さんが担当しました。ワークショップは、1部『2030 MY VISION』、2部『2030 MUGI VISION』、3部『アクション宣言タイム』、4部『仲間づくりタイム』、5部『提言ブレストタイム』の5部構成で行われました。

まず、午前中の1部『2030 MY VISION』は、参加者一人ひとりの価値観や人生観から5年後の2030年にどのように自分が在りたいか、そのためになにをするのかをグループに共有しました。
自分が大切にしていることを言語化し、具体的に未来を描いていく中で、自分の価値観やキーワードはなにかを深く考え、悩んだり、もともとやりたいことがあり、言語化が得意な人でも、より自分が納得できる言葉に書き直したりと、自分と対話し、見つめなおす機会になったように思えました。『2030 MY VISION』では、「家族を大切にする」「ワクワクを大切にする」「成長を大切にする」「探究を大切にする」「信頼を大切にする」など、多様なベクトルの大切にしたい価値観が見えました。

2部『2030 MUGI VISION』では、1部で考えた自身の人生から考えた2030年の牟岐町の理想を考えました。理想の町の姿のキーワードを出し、文章にまとめ、さらに絵を描いたことで、その人の絵の雰囲気やこだわっているポイントから描いている町の姿をイメージしやすくしました。3部『アクション宣言タイム』では各グループでMUGI VISIONに対して今日から自分ができるアクションを宣言し、各グループの代表者4名は全体へ宣言しました。

4部『仲間づくりタイム』では、3部『アクション宣言タイム』をもとに、『防災』『子ども・教育』『移住・二拠点・関係人口』『産業』の4グループに分かれ、5部『提言ブレストタイム』ではグループごとに理想の町を実現させるためには何が必要なのかを考えるブレインストーミングを行い、意見を出し合いました。

『防災』グループでは、「災害時の拠点となるホステルを軸に、年間162人、町外出身の人々が帰省する町」「牟岐に惚れた人間が牟岐で生活できるような補助制度・支援金や空き家を活用しやすい町」などの意見が出ました。アイデアを「災害が起こる前・災害直後・災害後」の3つ時間軸と「食部門・人部門・道部門」に分けることができ、事前準備をしていくこと、なにより楽しく防災を行っていくことが大切だと考えました。

『子ども・教育』グループでは、「子どもも大人も居場所があり、自己実現できる町」「牟岐町にだれでも楽しめる自然と触れ合える娯楽を作る」「3つのコース:モデルコース・モデルロール・モデルケースを持った町」などの意見が出ました。子供視点ではなく、大人がやりたいことをすることが教育や町のために繋がるのではないかと考えました。

『移住・二拠点・関係人口』グループは、「誰かが来たら集う町」「牟岐に住まう人が町ぐるみで一緒に暮らし楽しみを感じつつ、新たな交流や出会いが生まれ続ける町」などの意見がありましたが、「出会い・交流」「繋がり」「ふるさと愛」「ふらっと訪れられる」がキーワードとして挙げられます。アイデアは、横軸を「町民・二拠点・関係人口」、縦軸を「イベント・情報発信・ハード面・仕組み」に分けることができ、町民のためのものを整えていけば、二拠点生活をしたいひとや関係人口のためにも繋がるのではないかという気づきがありました。

『産業』グループには、「先人が残す自然や文化を大切にしながら、新たなことを起こす若者を見守り応援できる町」「枠にとらわれない働き方を選択でき、未来につなげる『牟岐プライド』を残す」「どんな人にも平等で安全で自由に楽しめる美しい海がある町」などの意見が出ました。ただ、牟岐町は個人で動いている人が多く、分断されているように感じるため、これからの産業を考え、協力者を増やすことが大切だと考えました。

今回のワークショップを通して、価値観がそれぞれ違う一人ひとりが町を作っているということは当たり前ではあるのですが、個々の価値観をベースに、自分の在りたい姿を考え、理想の町を考えることは「すべての人がありたいように生きられる」ことを大切にしているCOAsの皆さんだからこそ考えられた内容だったと感じました。牟岐在住者、出身者、外から関わっている関係人口など、それぞれの視点から町の未来を考えられた意義のあるワークショップとなったのではないかと感じました。

一般社団法人COAsの代表高木裕人さんは「これまで様々な地域を見てきました。しかし、牟岐町はいろんな人がいろんな関わり方をしていて、人口減少の何歩も先に行っていると思いました。」と、多くの牟岐に関わる若者が町のことを考えている現状をポジティブに評価してくれました。

最後に、参加者メンバーから一言ずつメッセージを書いて終了となりました。

9月30日(月)の10時からは、今回集まった若者の意見を取りまとめ、牟岐町長に提言する予定です。また、USANET合同会社のさのはるかさんに制作していただいたグラフィックレコードは町民の皆様が見ることができるように町内に展示する予定です(場所未定)。

令和6年度姫神祭が開催されました!

7月28日(日)に姫神祭が開催されました。

姫神祭の歴史…
『大昔に土佐にいた女性が国司の男性と恋をし、京都へ戻った男性を迎えに行こうと船で牟岐大島辺りを通りました。すると嵐がおき、「女性が乗船したので嵐になった」として大島に降ろされました。船に見捨てられたのを悲観した女性は身を投げて自殺しますが、飛び込んだ場所に男性のシンボルそっくりの奇岩が立ち上がり、船員たちはこれに驚き、女性の霊を慰めようと祠を建てたそう。』(牟岐町観光協会HPより)

歴史あるこのお祭りは、八幡神社にて行われる神事から始まります。
豊漁、船の安全祈願、安産祈願が行われます。

10時からは、姫神子供みこしパレードが行われました。
八幡神社を出発し、大川橋を渡り、牟岐町役場に到着しました。

途中、町民の方々から「ご苦労様です」とお声掛けをいただいたり、椅子を出してくれたり、お気遣いいただきました。そこから西の町の中を歩き、泉源へ。

町の中で男性のシンボルの形をした大きな御神体が移動していく様子はまさに「奇しい」ものでした!

14:00からの海上パレードでは、これを目当てに徳島市や大阪、東京、岩手などから人が訪れ、外国出身の方々も見られました。

徳島市から来られた方は、「大島に行くまでに船の運転手さんが断層について説明してくれたり、室戸岬が見えることを教えてくれたり、本当に最高だった!また来たい!」と、興奮気味に伝えてくれました。

東京から来られた方々は、「生殖器を祀るお祭りが地元の愛知県にあって、全国のそういうお祭りを調べていました。御神体を船に乗せるのは他には見られないもの!来てよかったです。」と、姫神祭を堪能されていました。

アメリカ出身の方は、「正直混乱した。西洋の文化では生殖器を公共の場に出すのはフェイクであってもタブーなこと。しかし、僕は人として当たり前にあって、大切にすべきものだと思うから、このようなお祭りはかっこいいと思った。アメリカにはないものが見えて牟岐に来た甲斐があった。」と、日本の文化を体験した感想を語ってくれました。

余談ですが、X(旧Twitter)でバズっていた「かつおのたたき岩」も見てきました。

姫神市では、子供たちや親子連れなどがキッチンカーや屋台を楽しみました。
牟岐町商工会青年部が中心となって販売したミニハンバーグ、フランクフルト、イカ串はすべて破格の¥250!そのほかにも、スムージーやチュロス、くじ引きなどがありました。

18:00からは去年に引き続き、「牟岐スカパラオーケストラ」の演奏がありました。牟岐の若者が中心となり、大阪や東京、長野からも参加したいと仲間たちも駆けつけてくれました!なかなか予定が合わず、前日になりやっと集まって練習ができましたが、ハラハラドキドキ。この切羽詰まりながらも楽しんで演奏する様子が青春という感じがします。

カバー曲に加え、牟岐町で生まれ育った中山拓真さんが、町の姿を歌にした一曲も披露され、いろんな人の想いが重なった演奏になりました。
東京から牟岐を訪れ、滞在している高橋郷さんは「ここに来て、いい意味で経済的主義すぎず、『人間が生きている』ということをまず感じました。そして、町の人たちが町を作っているという感覚を持ちました。」と、言います。
また、練習風景について、「当たり前の日常が全て映画のワンシーンみたいで、『もう本番は明日じゃん!やべー』『明日だけどやろう!』という様子を見て、心に正直な人たちが集まっていて、面白い町だと思いました。」と、言ってくれました。

地元の阿波踊り連の皆さんの演奏と踊りを楽しもうと多くの人が集まってきました。
やはり阿波踊りが徳島の夏を盛り上げますね!!

20:00からは牟岐港で約700発の花火が打ち上げられました!
快晴の夜空に打ちあがった迫力満点の花火を見て、歓声が上がり、終了後には拍手が沸き起こりました。「これまで徳島で見た花火の中で一番綺麗だった」という声も聞こえました。いつもの牟岐の静けさも良いですが、このように人が集まって、話し声が絶えない夜もまた素敵だなと感じました。

↑牟岐スカパラオーケストラの仲間である田口暦さんが撮影

ライター:地域おこし協力隊 真武未有