牟岐町地域おこし協力隊の自己紹介:真武未有さん

2024年4月から牟岐町地域おこし協力隊になりました真武未有(またけみう)です。

これまでの牟岐とのつながりや協力隊としてどのような活動をしているのか、今後の目標など、少し長めの自己紹介を書きました。読んでいただけると嬉しいです!

〈牟岐町との関わり〉牟岐歴6年目!これまでの記録。

2019年5月 NPO法人ひとつむぎ
大学生メンバーとして牟岐町に関わり始める。

2020年4月 牟岐カレープロジェクト
牟岐の食材を使ったカレーを作り、地産地消を推進した。

2020年9月 牟岐町インターンシップ PR動画『人とつながる、牟岐でつながれる』作成

https://youtu.be/plnjtdA6LU?si=Ihl6ZpqW0Lm13u5

2021年1月 フリーコーヒー
コーヒーを通し、人と交流し、繋がる場をつくっていく。

2021年11月 牟岐フィッシュバーガー
牟岐近海で摂れた魚をフライにし、大きめのバンズで挟む。
実生柚子が入ったマヨネーズソースが味の決め手。

2022年 イベントに出店
牟岐町にぎわい産業祭で牟岐フィッシュバーガーを販売。
他にも、モラスコ牟岐での販売や、むぎとしょマルシェでお弁当を販売。

など、主に〈食〉と〈関係人口〉を軸に活動してきました。

他にも、阿波踊りに参加させてもらったり、橘祭りでアサギマダラの撮影をしたり、
祖母のルーツがある出羽島を訪れたり、町民運動会に参加したりしました。

好きだな、心地いいな、楽しいなを繰り返して、
だんだんと牟岐に入り浸る時間が増えていきました。

〈なぜ牟岐へ?〉人のあたたかさ
大学生活の牟岐町での活動を通して、特に人のあたたかさに魅力を感じました。

特に、イベントで地域の方々が「頑張ってな」「応援しとるよ」「なんでも言うてな」と言ってくれたり、役場の方々が準備をサポートしてくれたり、よそ者の大学生が牟岐町で活動することを応援し続けてくれていることを実感しています。また、就職活動をする中で自分の将来プランを考えていると、自然と牟岐町に自分が関わっている未来像が浮かんできました。

そして今回、地域おこし協力隊として牟岐町で働く機会をいただきました。立場は変わりますが、大学卒業後も牟岐町に関わることができて本当に嬉しく思います。

〈お仕事内容は?〉関係人口支援・情報発信

牟岐町に関わりのある大学生や団体、若手社会人の支援と、牟岐町の魅力発信を行います。私自身、牟岐町に関係人口として関わり始め、現在も牟岐町の方々に支えてもらっているので、外と内を繋ぐ役目を担えたらいいなと考えています。情報発信について、4月3日(水)には、浜節句に参加させていただき、地域おこし協力隊として記事を書かせていただいたので是非読んでいただきたいです。
他にも、大学時代から力を入れている〈食関連〉のことや、大学や留学経験から学んだ〈英語や海外の視点〉も取り入れ、情報発信を行いたいと考えています。

〈牟岐でやりたいこと〉いろんな人が集まり、面白いことが起こる場をつくる

牟岐町で「いろんな人が集まり、面白いことが起こる場」を作りたいと思っています。
具体的には、カフェを併設した宿泊施設を作り、泊まって、ごはんを食べて、まちを知っていく場です。特に外国人お遍路さん向けに、牟岐町の伝統的な食文化や街並み、人のあたたかさ、ディープな日本の文化を経験できる機会を提供したいと考えています。牟岐町には四国八十八カ所のお寺はありませんが、だからこそ牟岐町に止まるきっかけを作り、魅力を伝える機会を作りたいと考えました。

そのほかにも、五剣山を登ったり、実生柚子を採ったり、SUPをしたり、まち歩きに参加したり、もっとまちのことを知ったり、牟岐町の方々ともっと交流していきたいです!

これからもよろしくお願いいたします!

近畿牟岐会への橋渡し的な存在として – 古谷 健さん・井上 暁さん

以前、牟岐町には『近畿牟岐会』というグループがありました。関西圏在住の牟岐町出身者が集まり、牟岐町への熱い想いをもとに熱心に活動をしていたそうです。今回の牟岐人は、町職員として近畿牟岐会に関わることになり、現在は『牟岐ふるさと会』の役員でもある、古谷健さんと井上暁さん。近畿牟岐会の活動から、他地域からの若い世代も関わっている現在の牟岐町について、様々な経験をもとにお話を伺いました。

生まれも育ちも牟岐町

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”先ず、お二人の背景について軽くお話を伺えたらと思いますが、ご出身は牟岐町でしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”そうです。生まれも育ちもずっと牟岐です。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

▲井上暁さん
[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”学校も全部牟岐やな。牟岐で生まれて85年よ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

▲古谷健さん

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”お二人とも牟岐町で職員をされていたと聞きました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”ええ。学校を卒業してから牟岐町役場に入って、教育委員会にもいったりしたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”ワシは学校を卒業してからは家業の農業をしよったんよ。当時は役場の職員が集まらんかったけんな。農業よりこっちせぇって当時の町長に誘われて役場に入ることになったんよ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”当時、一緒の課に配属されたことはあったんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”教育委員会では一緒やったね。古谷さんは教育次長もしよったんよ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

助成金の流れで近畿牟岐会が設立

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では近畿牟岐会について教えていただけたらと思います。というのも、知らない方も多いと思うので、近畿牟岐会とはどのような集まりだったかといったことを改めてお聞き出来たらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”そうやなぁ。関西圏に住んどる牟岐出身の人らでできた会でな。年に1回ぐらい集まって町の行政の状況を報告して交流をしたり、牟岐でイベントをするときには近畿牟岐会の力を借りて芸能人に来てもらったりしたわ。関わった一番大きい事業は2010年ぐらいまでやっていた『南阿波サンラインマラソン』やな〜。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”イベントや事業に必要な人や企業を近畿牟岐会が繋げてくれてたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”そう。あとは牟岐で浜節句のイベントをする時には近畿牟岐会から30〜40人ぐらい来てくれてな。子供の時以来の浜節句で喜んでくれとったなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]
▲こちらは数年前にイベントとして行われた浜節句の時の一コマ。牟岐の人にとって浜節句は特別な日なのです。

古くからある町の風習「浜節句」

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”浜節句が楽しかったという話は牟岐出身の年配の方によく聞くお話です。故郷での大切な想い出の行事が再現されたのは本当に嬉しかったのでしょうね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”阪神大震災の時はな、近畿牟岐会の方が兵庫に交代でボランティアへ行ったり、牟岐から義援金集めて持っていったりもしたな。大阪から歩いて兵庫まで行っとる人もおったわ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”災害の時は人や地域のつながりが援助につながると言いますが、正に近畿牟岐会がそのつながりを作るきっかけになっていたんですね。そもそも近畿牟岐会はどのようにできたのでしょうか?古谷さんは立ち上げから長く関わられたと聞きました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”ふるさと創生事業といってな、平成元年ごろに各市区町村に対し、地域振興のために1億円の助成金が交付されることになったんやな。その使い道をどうするか、と。牟岐の人の意見を聞くのはもちろんとして、県外に住んでいる牟岐出身の人たちにも意見を聞いたほうが良いんとちゃうか?と当時の町長が考えてな。当時、役場の企画開発課におったワシが組織作りを頼まれたんやな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

▲当時の新聞の切り抜き。その頃から町を活性化することへの意味を知ることが出来る記事と感じました。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”助成金の使い道について外からの意見を取り入れるのが、近畿牟岐会の当初の目的だったんですね。組織作りは順調に進みましたか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”はじめはワシと助役の同級生5人ぐらいに声をかけて集まってもらってな。そこで近畿牟岐会の趣旨を説明して、色んな人に入会のお誘いの連絡をして、初めての総会時には250人ぐらい入会してくれとったね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”すごいですね!ちなみに助成金は何に使われたんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”鬼ケ岩温泉とモラスコ牟岐の設立に使われました。鬼ケ岩温泉は今はもう廃業してしまっとるけどな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど。助成金の使われ方が決まった後も会は存続し、はじめに伺ったイベントなどの活動につながっていったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

牟岐を離れた人たちの故郷への想いに触れて

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”近畿牟岐会のみなさんは牟岐への想いが強くてな。自分は牟岐から出た事がなかったけん、牟岐を離れても故郷というのはこんなに大きいもんなんやな〜と、改めて知らされたな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”井上さんは古谷さんの一世代ほど下とお聞きしましたが、どのような経緯で近畿牟岐会に関わられたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”役場の企画開発課に配属になって、役場職員として総会に参加したのが初めての関わりやったかな。その後、近畿牟岐会の役員をやってた友人に入会を誘われて。同窓会みたいで楽しそうやなぁと思って会員になりました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”その当時もみなさん牟岐への想いは強かったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”そうですねぇ。古谷さんと同じで自分も生まれてからずっと牟岐で育っているんで、町を離れた同級生が牟岐への熱い想いがこんなにもあるんかと思いましたね〜。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”お二人は近畿牟岐会の活動にどのような想いで参加されていたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”ワシはさっきも言ったようにずっと牟岐におるから、牟岐を離れた人の目線や意見を知りたくてな。外の人たちの牟岐を良くしたいっていう想いを町で活かしたり、町の状況や意見を近畿牟岐会に伝えることが自分の役目ちゃうかと思っとったね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”同級生の牟岐への想いに触れて、せっかく行政の仕事をしとるんで彼らの想いや意見を自分の仕事で何か活かしたいと思ってましたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”お二人とも牟岐と近畿牟岐会の方々の橋渡し的な存在だったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

牟岐ふるさと会とこれから

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”前回取材させていただいた坂本さんから、発足から25年以上活動してきた近畿牟岐会も会員数減少と高齢化により幕を閉じたと聞きました。しかし近畿牟岐会の流れをついで『牟岐ふるさと会』が発足されたそうですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”流れをついだと言うてもコロナもあってまだこれといった活動はできてないけんな。町から今も案内出しよった近畿牟岐会の会員の人らと、牟岐で活動しよる色んな人らをとりあえず一緒の組織に登録したようなもんやろうな。最近牟岐で色んな活動してくれよる大学生や若い子もようけ入っとるし。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”これまで別々の組織や個人で活動していた方々が年齢を問わず入会してるんですね。それぞれの活動や情報を共有できるネットワークを作るのは今後の牟岐にとってすごく重要だと感じます。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”うまく育っていけばええんやけどな。私らも若い子がどんなことをしよるかというのは分かってないことが多いんで、知れるようになったら良いなと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”若い子らはインターネットでいろいろ知れるんやろうけど、私らは実際会うたりせんとどんな子が何しよるか知れる機会がないけんねぇ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”ここ10年ほどで牟岐生まれでは無い、学生を含めた若い方たちが活動することが増えてきていると思うのですが、そのことについてはどう感じていますか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”それはもちろん嬉しいことよ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”牟岐で生まれたわけでもないのに、町のことを一生懸命考えてくれる若い子がおるんやなぁとおどろくし、嬉しいね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”もし若い方々から、一緒に何かをしてほしいとか昔の話などを聞かせてほしいといった要望があれば対応されますか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”もちろん自分らでできることがあるんやったら。けどこんな年寄りに声かけてもなぁ(笑)” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”いえいえ、年を重ねているからこその経験談や、歴史を教えていただく機会は若い方々には必要だと思います。現在牟岐で活動されている方々に期待することはありますか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”腰を据えた末長い活動をしてくれたらええなと思います。何をするにしても、継続するのが大切やけんね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”そうやな。これまで地域を生かした商品や行事も色んなモノが生まれてはいるんやけど、はじめは上手くいってもどれも続かなくて無くなってしまったけんな…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

最後に

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”近畿牟岐会は世代が変わっても長く継続したからこそ、牟岐ふるさと会につながったのかもしれませんね。最後に、牟岐の好きなところはありますか?もしくはこうなってほしいというところでもありましたら。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”古谷さん” text=”大島や津島をどうにか活かせんもんかなと思います。大島観音や島の歴史も牟岐の人でも知らん人も多いしな。あとは千年サンゴという貴重な資源もどうにかもっと活かせんかなぁと思うね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue001-scaled-e1710123469475.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”井上さん” text=”自分は牟岐のあまり手をつけてない自然が好きやし大切にせなあかんと思うんで、これからもできたらあまり開発なく自然を守ってくれたら良いと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2024/03/kotaniinoue010-scaled-e1710123098330.jpg”]

「自分たちは近畿牟岐会の人たちの熱い想いを元に動いていただけ」と言っていた古谷さんと井上さん。でも、詳細に熱く過去の活動から未来への想いまで話してくださるお二人の姿からは大きな牟岐愛を感じました。牟岐ふるさと会をきっかけに、若い世代とお二人のような成功も失敗も知っている先輩が繋がれば、より広く深い「町を良くする活動」が実現するかもしれません。

出羽島連絡船運休による臨時運航のお知らせ【期間:R6.3.4~3.8】

令和6年3月4日(月)~3月8日(金)までの5日間、出羽島連絡船『大生丸』が定期検査の為運休します。

その期間海上タクシーが臨時運行します。

なお、運休予定だった令和6年3月21日(木)~3月22日(金)は『大生丸』の運行が可能になりました。

出羽島連絡航路は、島民の生活路線となっております。海上タクシーは乗船定員に限りがありますので、定員を超える場合は島民を優先させていただき乗船をお断りする場合がございます。

来島される方は乗船状況にお気を付けください。

海上タクシー時刻表

全て表示されない場合はスクロール➡➡

 

牟岐港発

7:00

8:20

11:10

13:30

16:00

17:20

出羽島港発

6:30

7:25

9:00

12:20

15:00

16:35

乗船時間は片道約15分です

料金について

  • 大人1名 片道220円

  • 小人1名 片道110円

  • 障害者割引有り ※身体障がい者(第1種)、知的障がい者(判定欄A)及び精神障がい者(1級)の方は、ご本人及び同伴する介護者とともに5割引きとします。割引には、各種手帳の提示が必要です。

その他注意事項

  • 乗船時は、船に付属のライフジャケット着用にご協力ください。

  • 天候により、波しぶきがかかる場合があります。対策は各自でお願いします。

  • 悪天候等の理由で、海上タクシーが欠航になる場合がございます。運航状況については、随時お問い合わせください。

お問合せ先

牟岐町企画政策課:0884-72-3420
徳島県観光磯釣渡船協同組合:0884-72-1313(午後のみ)
出羽島連絡船事業(有):0884-72-2360

もっとコンスタントに賑わうようにならんかなぁと願ってます – 【牟岐ふるさと会】坂本 五朗さん

牟岐町出身で京都に就職し、それ以来京都にお住まいの坂本五朗さん。京都では島津製作所に入社し、医療用X線装置開発などに従事してきた。アメリカ(LA)やカイロ(エジプト)、デュイスブルグ(ドイツ)など海外拠点の業務にも従事された経験もあるほどだ。
2012年には定年退職。また2010年12月から宇治市民生児童委員協議会委員を務められており、『旧近畿牟岐会』にも所属されており、現在は『牟岐ふるさと会』の役員でもある。そんな坂本さんに「故郷への想い」を中心に今回はお話をお聞きしてきた。

故郷に対して何も思わない牟岐出身の人はいない

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”坂本さんは牟岐町ご出身ということで、非常に牟岐への想いが強いとお聞きしています。先ずはその牟岐愛についてのお話をお聞きできたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そりゃそうやねぇ(笑)牟岐町で生まれたからねぇ。
でも私のみならず、田舎で生まれた人間にとって故郷はすべてに対して愛着があるもんやと思うんやけどな。
表現は良くないけど故郷は人口減少化で寂しくなるばかりで、そうした状況の故郷に対して何も思わない牟岐(出身)の人間はいないと思うんや。
私の仲間の中にはようけ漁業関係者がおって、また中には素潜りの名人とかもおってな、表には出さんけど、もうちょっと牟岐町元気にならんかなと考えとるんや。
私は1969年に京都へと就職して牟岐町から離れているんやけど、それから20年経ち、30年経ち、40年経った頃に魚が獲れんくなったと漁業関係者の方々が嘆いてしまっている。現実は、やっぱりちょっと寂しいな。もしかしたらずっと前から漁礁構築に力をいれて来ておれば、何か対応策が出来とったかもしれんけども。まあ、そんなことは結果論であり、当時そこにはいろんなテーマや問題があり壁に突き当たったんやと思う、そのあたりはどこのどんな集団にもある複雑な理由が背景にあったんかと思う。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”牟岐町を離れてからどれぐらい経った時に坂本さんは牟岐が廃れていく感覚を感じたのでしょうか?おそらく日本全体の経済状況と比例するのかと感じているのですが。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そうやなぁ…雰囲気を感じたのは80年ぐらいの頃には、なんやねんちょっと寂しくなったなぁと感じたかなぁ。昔あったお店が閉まっとっていわゆるシャッターストリート等になってしまっとったんやなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それが最初に牟岐町の衰退を感じた時だったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そうやなぁ、年に盆と正月に帰ってくるぐらいだったんやけど、最初の頃はそこまで寂しさは感じてはいなかった。私が就職したばかりの71年ぐらいの頃には、牟岐が衰退していくとは思ってもみなかったなぁ。せやから商店街がシャッターストリートになっていくのを見た時は寂しかったなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは毎年坂本さんが帰ってくる度に、それが顕著に現れていってたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”まさに見る側から見て顕著に現れていったなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”80年頃というと日本はバブル前のまだまだこれからって時だったと思うのですが、すでにその時に衰退を感じたってことになりますね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そうやな、自分の故郷やから目に見えたものを敏感に感じとってしまったんちゃうかなぁ” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”坂本さんの仰るシャッターストリートというのは牟岐町の商店街の事でしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”本町商店街とか中の島の商店街とかいうねんな、少年時代の時にはようけお店があってな、牟岐町はちょっとした街だったんや。パチンコ屋も三軒あったし、映画劇場も二つもあったんや。ローラースケート場もあってな。
高専に通っていた時には社会勉強でこの町の産業について調べたこともあってな。製材所の売上がなんぼだとか、鮎の養殖場があって、年間の売上がなんぼやとか(笑)” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”へぇ、牟岐町に鮎の養殖場があったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”コンクリート製の大きな生け簀が複数基あってな。一匹なんぼで出荷してるんですか?とか聞いたりしてそれで年間の売上計算してな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”阿南高専を卒業してからはずっと京都にお住まいなのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そうやな、島津製作所という会社に就職してな。レントゲンの開発部に入って、何年かしたら私が携わったX線装置が県立海部病院で稼働していたわ。X線テレビっちゅうやつやな、X線出して、胃の中の状態とか、骨の構造などがテレビモニターで見えるという診断装置。自分が携わったモノが故郷の病院で使われとったのには感激したなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

親睦会から牟岐を盛り上げる会へ

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”坂本さんは京都に住みながらも故郷を想い、近畿牟岐会、そして牟岐ふるさと会に参加するなどの活動をされていると思います。その活動の理由をお聞き出来たらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”近畿牟岐会は私よりも10年も上の方々が創りあげて来た会でな、私らよりもずっと見識のある方々が創設したんや。私らは創設後何年かしてから参加させてもらって、そのなかでも一番若手の類であったわな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”皆さんが高齢になったこともあり近畿牟岐会は解散し、それで牟岐ふるさと会を創設することになるというわけですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”役員も高齢化し、運営していくのもなかなか難しいところもあったから、具体的には牟岐町役場の方にお願いをし、結果牟岐ふるさと会として改めて発足することとなったわけです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では、牟岐ふるさと会はどのような活動をしているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”先にも申し上げた様に、現在ふるさと会の本部は牟岐町役場の方にあり、活動詳細については企画政策課が推進しています。私自身は、「ふるさと会会則」の(事業)から「牟岐町の活性化と賑わいへの提言創出」の項に基づいて活性化(賑わい)の材料を探し出すことに主眼を置いてやっています。話は戻るけど、近畿牟岐会の初期の頃は故郷を想う親睦会が主やってな。しかし親睦会だけをやっとっても牟岐の発展に寄与しませんやろってことになって、そこで出羽島にハイビスカスを植える活動を行って来たりしたんです。しかし、常時メンテンナンスする事も中々行けていない状況であってな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”近畿牟岐会は親睦会が主だったけれど、途中からは牟岐町をなんとか盛り上げて行こうといった活動が中心となり、それを牟岐ふるさと会が受け継いでいくといったことでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”まあそんなところやねぇ。牟岐ふるさと会については、いきなりコロナ禍で蹴躓いてしまったところがあるから、実際にはまだ正常に活動出来ていないと言うのが現実やねぇ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

 

牟岐ふるさと会についてはこれから活動を行っていく段階だが、坂本さん個人のフットワークは軽く積極的に動いている印象だ。以下の写真は12月9日に行われた「関西牟岐の日」。坂本さんにもこの日、京都から足を運んでいただいた。参加していた学生さんに牟岐町の想い出話をしているのが印象的だった。

京都産業大学 木原ゼミのイベントにも参加

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”牟岐町のイベントに積極的に参加される姿勢を坂本さんは持っていると感じます。京都産業大学の木原ゼミのイベントにも参加をしたとお聞きしました。そうした参加するキッカケだとか、それをどのような想いで参加されたのかをお聞きできたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

▲12月16日に京都で行われた木原ゼミのイベントの様子。

木原ゼミとは?

京都産業大学 現代社会学部プロジェクト演習 木原ゼミ
ゼミでは大人数で複数のプロジェクトを同時進行させ、また、それぞれの場面で社会人と協働するため、組織立った活動が求められます。そのため、木原ゼミでは、ゼミメンバーが各部門に所属し、部内で創意工夫しながらゼミ組織を自主運営する体制を構築していきます。また、この経験を通して、責任感と仕事を完遂する力、組織でのコミュニケーション力を鍛え、将来の自分の仕事の適性を知ることにもつなげます。

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”まず、これに参加したキッカケというのは、企画政策課の西沢さんからご連絡いただいて「こういうイベントがあるんだけども参加できないか」といった要望があったので、オリジナルの牟岐の人間として私が参加することで大学生の方々の牟岐への関心がさらに深まればいいかなと思って参加をしました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

▲ゼミ生はこれまで牟岐町に何度か訪れ、牟岐町を知ることで関係を築いてきた。そこに牟岐出身である坂本さんにもご参加を頂いた。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”坂本さんの場合、牟岐町に関わることなら迷いなく参加されているのかなといった気がするんですけれども、そのあたりいかがでしょうか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”ああ、そうやねえ。迷いはないですね。スケジュールが許せば参加します。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それはやはり牟岐に対する想いだとか、今牟岐町でどんなことが起きているのかとか、そういった牟岐町の動向が気になるということでしょうか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そうやねえ、結局これに参加をすることで、さっきも申し上げたけれども、ゼミの皆さんがより牟岐のことを知っていただけるかなと思ってね。若い方々は牟岐の詳細までは御存じないだろうなと思うんですよね。だから私が参加することでゼミの若い方々が牟岐への関心というか、牟岐の知識をより多くそして深く持って頂けたらいいかなと。私自身は牟岐の人間やからそれは何もかも愛着があって、発展のためにというか再構築のために何かできることはあれば、何でも参加してやって、という意識やねえ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”今回はじめてのイベントということで、参加されてどんな印象を受けましたでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”京都に牟岐のお母さん方が来られて、牟岐の料理をゼミの皆さんに手ほどきし、一緒に食べるというのは、正直不思議な感じがしたんだけども、非常に嬉しいなと感じたねぇ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]
▲牟岐の郷土料理である『押し寿司』。柚子の酢を使った酢飯に、金時豆やたまご、ごぼうなどの煮物を中に入れるのが特徴。ちらし寿司の具を押した寿司といった感覚でもある。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”押し寿司を作ってくれたそうですが、坂本さんにとっても懐かしい料理なのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”もちろん!少年時代におふくろが作ってくれた美味しい料理のひとつやね。祭りごとなんかの時に食べるのが多くてな。その時に食べるのが一般的やったねえ。だから押し寿司は私の原体験そのものやね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”坂本さん自身、押し寿司は何年ぶりに食べたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”そらもう、半世紀以上ぶりに食べたねえ。おふくろが作ってくれて食べていたのが最後だったからね、懐かしかったし美味しかった!” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”ゼミの皆さんがライスバーガーを作ってくれたそうですが、こちらはどうでしたか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

▲ゼミ生が考案して作った『ゆず味噌香る牟岐ライスバーガー』。連子鯛のフライやゆず味噌など、牟岐の材料がふんだんに使ってある。

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”非常に美味しかった!大根おろしに柚子味噌が入っとって、それが甘酸っぱいドレッシングとして効いとって非常に美味しかった!どういう中身やったかはちゃんと覚えていないんやけども、ご飯におごげを残して工夫して作っとったねぇ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”こちらの料理には牟岐の懐かしさは感じましたか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”ライスバーガーはゼミの皆さん方の“発明料理”やから、懐かしさとかは違うんやけども、新しい牟岐の料理をクリエイトしたんちゃうかと感じましたわ!” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

▲牟岐に訪れ、牟岐を知ることで考案したライスバーガー。昨年は販売もしたようだ。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”木原ゼミに参加された感想をもう少しお聞き出来たらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”第一に感じたことは、これだけの人が牟岐の事に関心を抱いて動いているのはすごいことやな〜と思いましたわ。せやから今回だけのイベントに終わることなく、これを機に牟岐という町がどんどん外へと広まっていくことを願いますわ。例えばこれを水平展開して「大学生と一緒にこんな楽しい事をしている牟岐の町ってってどんなところなんだろう?」とかね、今回のようなイベントを機に行ってみたいって思える町として、発展していったらいいなと思うし、牟岐の賑わいとして新しいうねり作って欲しいな。ただ、そのためには並行して牟岐の町自体が受け入れ態勢をさらに整えないかんと思いますわ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

牟岐を象徴する景色は五剣山

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では先程のお話と重複するかもしれませんが、今後牟岐町がどうなっていって欲しいかなどありましたら、是非お聞かせください。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”どこもそうなんやけど、姫神祭りという牟岐の一大イベントでは多くの賑わいを創出します。そういう賑わいがコンスタントに続くような事(モノ)ができんのかなと思ったりしてます。
そこで、コンスタントに賑わいを創るにはどうしたら良いのか?ということをテーマに、牟岐ふるさと会の活動の中で展開できればいいのかなと感じてます。
牟岐八幡神社の祭りにしても、関船などが出て賑わいますね、そこからもっと常時盛り上がりを見せてくれるように工夫出きないものかなっともおもったりしてます。例えば、関船を観光客の皆さんに見えやすいところに常設展示しておき、それが「秋になると動くんやで」、とじらし宣伝をしておくとか。あの祇園祭もそう、動いてない山鉾が“巡行する姿に多くの人が集まるん”だから。「世界一の関船」の真骨頂を見せてほしいものです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど。因みに坂本さんが好きな牟岐ってどんなところがありますか?故郷だから好きもなにもないかもしれませんが。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”好きなところ?全部好きやけどねぇ。特に好きなのは大川橋から五剣山を見晴らす景色は最高やねぇ。あんな素晴らしい景色はないねぇ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

▲坂本さんから提供いただいた牟岐町の昔の写真。坂本さんが素晴らしいと言うのも頷ける。

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”今は潰してしまってないけれども、窓を開ければ私の昔の家からそういう景色が見えたんや。牟岐を象徴する景色やなぁ。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”子どもの時はやっぱり川で遊んだりすることが多かったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”自宅前がすぐ川やったので、夏休みには朝起きると川に行き、アユやエビ獲りに熱中しました。エビにはシラガ、小ヤデ、ヤデとあってそれぞれ5センチ、8センチ、12センチと、てんぷらにするのにちょうどいい大きさでおふくろに揚げてもらい昼食やったり、夕食のおかずにしてもらっていました。半日川にいてエビは30匹以上獲れましたね。
山、野原(田畑)にもよく遊びに行きました、小つぶの石を挟んでゴムで飛ばすパチンコがありますが、大型(長手)のパチンコを作って、鳥打ちに行ったものです。自転車のチューブを縦長に切ってその動力とし、木で作った長さ70センチくらいの銃筒の先端両側にくぎを打ち、そこに動力の加工したチューブを固定し、小粒の石を皮で挟み、引き金部分に固定しておく。引き金を引くとゴム動力の強烈な勢いで石が発射します。それを担いでよく小鳥打ちに野原を駆けまわったものです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では、最後に以前にこちらでも記事にした『灯閑』や『遊観』などを中心に、牟岐出身の若い人たちが牟岐を盛り上げようと頑張っていますが、それについて何かお言葉を頂けたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”坂本さん” text=”それはもうビックリして、牟岐の若者も捨てたもんじゃないなと思てな。ああいう人らが狼煙を上げることで、他の若者も一緒に手伝ったりし、そのようにして一つの塊(グループ)が出来上がる。そしてまた違う場面に異なる種類のアイデアが出て一つのイベント(グループ)として世間に出る、と言う風にあちこちでイベントが発生して行く。そしてそれらが繋がって行き一つの大きなうねりを形成して新しい牟岐のコンポーネントとなって行く。そこまで行くともう行政が絡まって道先案内を司らなければならない様になりますわね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC08432-1-scaled-e1702351466221.jpg”]

文字には起こしていないがインタビュー中には多くの企画提案もしてくださり、とにかく牟岐を想ってやまないのが印象的だった坂本さん。また牟岐町独自の阿波弁はなく、京都の訛りだったのもとても印象的だった。おそらく京都に住まれている期間の方がずっと長く、必然的に京都訛りへと変わっていったのだが、故郷である牟岐への想いは反比例して余計に大きくなっているようにも感じた。コロナ禍あたりから牟岐へ帰ることが出来ていないとも仰っていた坂本さん。久しぶりに是非帰ってきていただけたらと思うと同時に、今後の牟岐ふるさと会の動きにも期待したい。

自由に表現する事を伝える場所-【遊観】下之坊竜治さん・堀江奈々子さん


今回お話をお伺いしたのは大阪生まれで大手人材派遣会社への就職を機に東京へ、そして淡路島生活を経て牟岐町に移住をした下之坊竜治さん(26歳)と、大学の休学を機に牟岐町へとUターンをした堀江奈々子さん(27歳)。お二人は牟岐町で2023年1月に『遊観(ゆうかん)』をはじめることになります。なぜなんのためにはじめたのでしょうか?その立ち上げの背景や想いについてお伺いしてきました。

場所も環境もあった牟岐町へ移住

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”先ずお二人の今に至るまでの背景をお聞きしていけたらと思います。下之坊さんは大阪生まれということですが、なぜ牟岐町に移住することにしたのでしょうか?キッカケなどをお話いただけますか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”大学を卒業し、就職をした人材派遣会社のひとつのプロジェクトを担当しているなかで、20〜30人の方と関わる機会がありました。その方たちは何かしら高い目標を持って入社してくるのですが…例えば起業家や日本のリーダーとなるような人を育てていくのが、ボクが担当していたプロジェクトでもありました。そうした志の高い方々と密に関わるようになって、そこで自分も「どうなりたい」とか「どうありたい」といった事を考えるようになりました。
とても濃い時間を過ごさせてもらっているなかで、牟岐町出身でお寺の生まれの菜々子から、プロジェクトを通じて全国的にお寺が衰退しているという事を聞いたりしていました。奈々子はお寺をどうにかできないか?といった志を持ってプロジェクトに参加していたので、それで興味を持ち一度牟岐町に訪れることになりました。
そこから何回か牟岐町に来てみるうちに、ここで自分が考えていること、やりたいことを実現出来るんじゃないかなと思って。で、場所もあるし環境もあるので会社を辞めて移住をしました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは牟岐町で何かをしたいから会社を辞めたというよりは…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”自分がやりたいことがあり、牟岐町に場所も環境もあったから移住をしたという感じです。会社を辞めるのは一年前から言っていたんです。ただその時に牟岐町に来る構想は全くなかったのですが、何回か来るうちに構想が出来上がっていき、辞めることも会社に伝えていたのでそのタイミングで辞めたといった流れです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”生まれが大阪なので、四国や徳島に来ることにそこまで特別感はなかったのでしょうか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”そうですね…というよりも、ボク自身場所への依存とか拘りがあまりないんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど。では就職で東京に引っ越した時はそれはそれで新鮮だったと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”そうですね。でもこうして大阪、東京、淡路島、徳島と住む場所を変えてみたら、ボクは人が多いところは得意ではないのかなということに気が付きました(笑)。都会の希薄な感じよりも淡路島とか徳島の方が良いな〜なんて今は感じています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは今の『遊観』の活動は、下之坊さんのやりたいことが形になっているということでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”いえ、一概にそういうわけではなく、奈々子と価値観は多少は違えど考えていることも似ているし、共有をしてお互いがやりたいことをやれているかなと思っています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

大学の休学を機にUターン

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは奈々子さんにお話を伺えたらと思いますが、奈々子さんは牟岐町生まれということで…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”そうです。このお寺出身で(牟岐町にある正観寺)、高校まで牟岐町に居ましたが、大学からは島根に行き、その後編入して、神戸、茨城の大学へ行っていました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”大学ではどのようなことを学んでいたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”島根の大学では国際支援に興味があり学んでいたましたが、授業はどうしても座学だったり、学ぶ授業が先進国からの視点でこれが本当のニーズなのか?と疑問を持つようになりまして、現場を知るために休学をしてスリランカに3ヶ月ほど行っていました。
そこでは国際支援の壁というか、支援する側と支援される側の関係性の違和感を感じてしまっていたんです。でも滞在時にビーチから流れてくる音楽を通すことで、支援する側と支援される側の壁がなくなる感覚をあったので、そこで音楽心理学に興味を持ちました。
その後は編入して神戸の大学で音楽心理学を学んだり、視覚の心理学にも興味を持ったので、茨城の大学では色彩心理学を学んでいました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それで大学を卒業すると。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”大学院まで行くのですが、コロナの影響があって研究がストップしてしまったんです。それで仕方なく休学して牟岐町に帰ってくることにしました。今までお寺の経営状況について深く考えたことがなかったのですが、帰ってきたことでじっくりと考える時間が出来ました。調べてみるとお寺は全国的に衰退しているということ知りました。そこで自分が何か出来ないかなと感じたので、人が集まる仕組みを自分が作れたら良いなと思ったんです。でも起業するにしてもノウハウがない。それで応募して入社したのが竜治くんが勤めていた企業で、そのプロジェクトに参加したという形です。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そこで下之坊さんと出会い、意気投合したってわけですね。では今回の本題となるお二人がはじめた遊観についてお伺いできればと思いますが、遊観ではどのようなことを活動の中心に行っているのでしょうか?特に下之坊さんは最初のお話で「やりたいこと」とおっしゃっていたので、コンセプトも含め、それについてお伺い出来たらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

自由に表現出来る場所として

▲国道55号線を少し中に入ると見えてくる遊観の活動拠点で建物。

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”働いている時や日頃のニュースやYouTubeや本もそうなんですが、上辺な時が結構多いなと感じていたんです。それで回っている社会ってどこか危ないのかなと感じて。ボクはもっと想いを伝えたりとか、想いを出すこと、想像することが大事だと思っていて、そういうことが出来る場所があればなと思っていたんです。
それで牟岐町に通っている時に、この場所を使わせてもらうことになりました。なので遊観は自分の想いもそうですけど、誰かの想いや、やりたいことを自由に表現して良いんだよといったことを伝えることが出来る場所にしていけたらと考えているんです。
人によって想いは違うと思うのですが、その違いすらも楽しめるようになれば、良い社会や世界に出来るんじゃないかなと、遊観がそうなれば良いなと思って運営をしています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”ではその伝えるためのアクションとして、どういった動きをしているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”アクションというアクションは現状そこまで出来てはいないのですが、遊観をはじめたのが今年(2023年)の1月で、今のところ月に一回イベントを行っています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”例えば過去にはどのようなイベントを行ってきたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”一番最初のイベントは、今使っている建物は元々喫茶店が入っていたそうなんですが、その時に使っていた椅子をその日の気分でペイントしてもらうというイベントでした。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

▲イベントでペイントされた椅子は遊観に置いてある。参加者皆さんが自由にペイントしていた様子が想像出来ます。

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”他には神山町にあるWEEK神山という宿泊施設でワークショップを行ってきました。大きな木の板に色を塗って、燕の型を用意して好きな色を乗せて板に貼り付けるってことをやりました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

▲こちらも遊観に置いてある。同じ燕の形をしながらも様々な色合いが楽しめ、人の個性を感じることが出来る。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”出張スタイルの遊観も行っているんですね。そうしたアイデアは誰が考えるのでしょうか?あれ?そもそも下之坊さんは大学が美術関係でした?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”いえ、社会福祉学です(笑)。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では芸術に興味があるというか理解があるというか。生まれつきそうしたモノがお好きということでしょうか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”そうですね。本はよく読んだりとか。岡本太郎の本は好きでよく読んでいます。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”椅子に色を塗るのは感情を色に乗せることと言えるので、色彩心理として捉えることが出来きます。なので心理学を学んだから生まれたアイデアでもありますし、燕のペイントもまさに色彩心理なので同じことが言えるのかなと思っています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そうした活動のなかで新しい発見のようなものはあったりするのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”新たな発見というよりは、改めて感じたこととしてはやっぱり人はそれぞれで良いんだなと思いましたし、人と違うことで衝突とかをするのではなく、その違いさえも楽しめることが出来たら、社会はきっと良くなるよねということを、神山でワークショップをおこなった時には強く感じました。その時縁側で作業をしていたのですが、うーん…なんだろう…とても良い空気で良い会話があって、そうそうこれだよね!みたいな…うまく言葉には表現ができませんが…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”良い場が出来上がるような感覚でしょうか。そのうまく言葉に出来ない気持ちは非常によくわかります(笑)” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

▲写真を撮りに訪れた11月には『青写真ワークショップ』を開催。写真の現像と同じロジックで、紫外線による表現が楽しめるというモノ。

いつでも来てくださいというスタイル

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”ただ、そうした活動はなかなか経済活動には繋がりにくい…要はビジネスとしては難しいと思うのですが、そのあたりはどのようにクリアしているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”一般社団法人として遊観は運営をしていますので、営利を目的には活動はしておらず、二人ともお寺で働いています。午前中はお寺で働き、午後は遊観の活動の時間に充てたりしています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”因みに遊観はイベント時に限定してオープンしているといったわけではなく、いつでもお話ができるような「自由に来てください」というスタイルということですが、これ書いても大丈夫ですか?自由に来てOKと書くと困ることもあるかもしれないなと思うのですが(笑)” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”大丈夫です(笑)。午前中はお寺で働いているので、午後ならいつでも大丈夫ですが、ウェブサイトのカレンダーに予定を入れているので、それを見てご連絡いただけたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

遊観ウェブサイト

▲元々喫茶店だった二階。ここで本を読んだり、下之坊さんとお話したり。そんな時間を過ごすことができるのが遊観。

帰ってきて考える余裕が出来た

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”最後に遊観の活動を通じて今後ご自身がどうなっていきたいか、もしくは牟岐町がどうなっていってほしいか、むしろお二人の考えていることだと牟岐町に限らず世の中がどうなっていってほしいかなどあるかと思いますが、是非お聞かせください。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”遊観をはじめたことで改めてやっぱり自分の想いを知ることとか、自分を蔑ろにせず生きることは大事だなと思っています。自分を知るには誰かと比較しなければ分からないので、相手が居ることに感謝をしなければいけないし、その違いを楽しむところまでいけたら良い社会になっていくだろうなと感じています。また遊観の活動のなかで気づいたことを個人的な活動として教育の分野で表現していけたらとも考えています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”遊観とは別で個人的にですか。それは牟岐町で行っていくと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”そうですね。オンラインでも可能ではあるので、今少しづつ広げているところです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは牟岐町に住んで一年半ほどですがいかがですか?移住生活は。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”下之坊さん” text=”空が広くてすごく綺麗だなと感じています。空や木や土にはレイヤーがあるらしく、土のレイヤーが綺麗だと空のレイヤーも対称になるみたいで。そうした場所で過ごす人たちにも影響すると思うので、そんな気持ちでいつも過ごしています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07581-scaled-1-e1701762557174.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”奈々子さんはいかがでしょうか?大学生活を経てUターンで帰ってきてみて。帰ってきたからこそ見えることってあると思いますが。特に外国に一度行ってみるとそれがダイレクトに感じるというか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”奈々子さん” text=”当初、お試しでUターンしてみたみたいなところがあったんですけど、ここに居るのが一番良いのかもなーなんて思うのが、時間や人がとてもゆっくりなことです。だから考える余裕があるというか。どこかの企業に入ったらなにかに追われて急がなければいけないので、それが私には合わなかったなと。牟岐に帰ってきてからは深く考える余裕が出来たので、そんな場所なのかなと。実家というのもあるのかもしれませんが。
遊観に来てくれる方も「時間がゆっくりやね」「時間を忘れちゃうね」と言ってくれたりすることが多いですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/12/DSC07620-scaled-1-e1701762627476.jpg”]

 

インタビュー中に「エネルギーを使い過ぎている気がするからもっとエコロジーに活動を」ともお話をしてくれた下之坊さん。確かに今日本の人々は目まぐるしく過剰な情報と飽食の時代を生きていると筆者も強く感じている。そうしたなかで可能な限りエネルギーをフラットに近づけ、幸せに生きることを追求し、その道を伝えていくのが遊観の目指しているところかもしれないなと、今回インタビューをして感じた。

そして、この遊観の活動は、例えば『メタバース』や『オーガニックフード』などの分かりやすい言葉が用意されているわけではなく、『自由』や『想い』などと、どこかフワッとした言葉であったり、『想い』とは時には『重い』に変わってしまうものだ。しかし筆者がインタビューを通じて感じた遊観の活動を一言で表すなら『寺子屋』がしっくりくるように思う。寺子屋とはお寺をルーツに江戸時代にあった教育を学ぶ学校のような施設だが、遊観は正観寺というお寺をルーツとしているわけだし、もしかしたらコレが現代版の寺子屋なのではないかと感じた。こうした過剰な時代だからこそ本当に大切なモノ、大切な時間、そして幸せに生きることとは何かを発見出来る場所なのではないだろうかとも、同時に感じた。

遊観はいつでも自由に来てくださいというスタイルなので、ウェブサイトをチェックして気軽に足を運んでみてはいかがだろうか。きっと新しい発見があるはずだ。

 

今回の牟岐人

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想い出せる場、遊観

下之坊竜治さん・堀江奈々子さん

遊観ウェブサイト

大切な人と訪れたい町、牟岐町 東京の大学生が1ヶ月牟岐町で暮らして

夜明け前のまだ薄暗い空の下、軽自動車のハンドルを握り、覚えたての細道を走らせた。靄がかかった坂道を下ると、窓ガラスの外にどこまでも続く海が広がっていた。車を止めて波止場に登り、灯台のもとに腰を掛けて数分、穏やかな波に真っ赤に燃える道が姿を現した。足元から水平線まで、まっすぐに伸びている光の道に心を奪われた私は、おぼつかない足取りで波打ち際を行ったり来たりすることしかできなかった。

大学二年の夏休み、牟岐町に足を踏み入れてすぐのことでした。

生まれも育ちも東京、そのまま都内の大学に進学し、故郷と呼べる場所もない私は、その生い立ちから「シティーガール」と呼ばれることが珍しくなく、しかし褒められているようでどこか馬鹿にされているような呼称が奇しくも似合ってしまうほど、地方のことも地方で暮らす人々のことも何も知りませんでした。大学進学後、全国の高校生に向けたサマースクールの運営やリゾートバイト等を経て、いかに都市と地方の違いについて無頓着だったかを思い知らされた私は、かねてより課題意識と興味関心を抱いていました。

牟岐町で活動する中間支援組織・NPO法人牟岐キャリアサポートは、地方についてそもそも何が分からないかすら分からないような状態の私を、夏の間、インターンシップ生として受け入れてくださいました。牟岐町で暮らした1ヶ月間は、まるで牟岐町に訪れることが無かったらと考えるだけでゾッとするほど人生に欠かせない学びや気付きを獲得することができた期間でもあり、高校生の頃からすり減り続けていた感性や感情を再び取り戻すためになくてはならない期間でもありました。

1カ月あまり、牟岐町外のいろいろな場所で、様々なかたちで牟岐町に関わる方に出会い、それぞれの生き方や考え方に基づいたたくさんの言葉をいただいてきました。

牟岐町内では、何らかのかたちで牟岐町に関わり続けている10代後半から20代の若者と一緒に姫神祭でバンド演奏を行ったり、町内で子どもの居場所づくりを行っている「ゆあぷれ」に鳴門教育大学の学生と一緒に参加させていただいたり、町内で活動する「特定非営利活動法人ひとつむぎ」のファウンダーから現在のメンバーまでひとつむぎの活動に携わったことのある方々にお話を伺ったりしました。中でも「面白い」「住みたい」「住み続けたい」と感じることのできる町の実現を目的とした組織「百〇八°」の皆さんとは歳が近いこともあり、牟岐キャリアサポートのインターン生としてだけではなく、一個人として様々なお話をすることができました。

また牟岐町役場の方、JAかいふ牟岐事務所の方、JAかいふ牟岐女性部の方、観光協会の方など、牟岐町で暮らし続けている方にも度々お会いし、牟岐町に関する貴重なお話をたくさん伺うことができました。海部郡保健安全教育教職員研修にも参加させていただき、講演を聞いたり教育現場の方と一緒に防災についてのワークショップを行ったりしました。

さらに牟岐町が受け入れている大学のゼミ生からも同じ大学生として率直なお話を伺うことができました。大阪公立大学・経済学部のゼミ生と日本一長い商店街・天神橋筋商店街で県や町の特産品を販売したり、牟岐町との共同事業を展開する京都産業大学・現代社会学部のゼミ生が地域活性学会で発表する様子を見届けたりしました。

地方自治、機会格差、伝統、文化、防災、そんなようなことをひたすら考え続けた1ヶ月間でした。広告だらけの雑多な東京に比べて手に入る情報が限定されているからこそ、「考えるべきこと」ではなく「考えたいこと」「考えてしまうこと」にしっかりと向き合えているような感覚がありました。この感覚は、COVID-19が流行し始めた頃、理不尽にも思える制度が設けられた学校という社会の中で、奮闘し続けた頃に覚えた感覚とどこか似通っているような気もします。

そして何より、街に住む人、集う人に話を聞けば聞くほど、豊かな自然が印象的な街に生活感が感じられるようになりました。当時は考えてもみませんでしたが、東京に帰ってきてから更によりいっそう、その感覚は説得力を持つようになりました。

街を思い出そうとすると、街の風景よりも出会った方の暮らしを想像してしまうようになりました。1か月間という時間は、都市であろうと地方であろうと、ましてや故郷でも何でもない場所ですら、同じ空の下でただ生活が続いているという実感を持つには十分でした。

だからこそ、大切な街だからこそ、また大切な人と一緒に足を運びたい。私にとって牟岐町はそんな愛おしい街になりました。貴重な経験ができ、お世話になった牟岐町の方々ありがとうございました。

島崎 恵茉
東京都出身  中央大学法学部政治学科在籍

令和5年度関西牟岐の日に行きます。

牟岐人が今年も関西に行きます!

1年ぶりに関西に住む牟岐町出身の方々や、牟岐町にゆかりのある方々とお会いできる機会なのでとても楽しみにしています。

牟岐町のおいしいものをたくさん集めた物産展の開催、皆さんの牟岐での思い出の場所・思い出の味を聞きながら作る牟岐町の思い出マップの作成。

新米のお米すくい&重量あてもご用意しました。

参加者には300gのお米のプレゼントやピッタリ賞には5㎏のお米を進呈したします。

牟岐にゆかりのある方はもちろん、牟岐に興味のある方ぜひは天神橋筋二丁目商店街 南森町駅上スペースにお越し下さい。

たくさん牟岐の話をしましょう。皆様のお越しを笑顔でお迎えいたします!

令和5年度 関西牟岐の日
日時 12月9日(土)11:30~15:30
場所 天神橋筋二丁目商店街 南森駅上スペース
主催 牟岐町
共催 牟岐町商工会 牟岐町観光協会 JAかいふ牟岐女性部

令和5年度関西牟岐の日PDF

人が集まる風景に魅力を感じて – 【灯閑(とうかん)】花野修平さん・田中美有さん


今回お話をお伺いしたのは牟岐町出身で、偶然にも誕生日が同じという同級生であり幼なじみである、花野修平さんと田中美有(みゆ)さん(27歳・2023年取材当時)。不定期開催のコーヒースタンド『灯閑(とうかん)』を2023年1月から始めることになりました。なぜ牟岐町でコーヒースタンドを始めることにしたのでしょうか?

牟岐町から就職を機に大阪・東京へ

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”先ず、お二人の現在に至るまでの経緯を教えていただけたらと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”牟岐町生まれで高校までは徳島県にいましたが、高校を卒業してからは山口県の大学へ行きました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”大学ではどのようなことを学んでいたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”建築の学科に入って建築を学び、今は大阪の設計事務所に就職をしました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”建築と言っても様々なタイプの建築があると思いますが、今お勤めの設計事務所ではどのような建築を扱っているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”公共建築が多いです。例えば役場とか図書館とか。就職して今年で3年目になりますが、今は約600㎡ほどの消防署を担当しています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”私は高校までは県南にいて、高校卒業後は徳島の大学に行くために徳島市で一人暮らしをしていました。休学して岩手県に行っていた時期もありましたが、卒業して就職で東京に行きました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”東京ではどのような会社に就職をされたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”新卒で入社したのは不動産情報サービスをメインにしている事業会社です。入社当時はメイン事業に配属され、住まいに関わる仕事をしていました。併せて新規事業として、『伝統工芸のサブスク』の社内プレゼンが通り、2年目からは専任でそのプロジェクトを担当していました。最終的に『伝統工芸のサブスク』は失敗して事業を閉じることになりましたが…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”『伝統工芸のサブスク』も深掘ってお聞きしたいところですが、話が大きくそれてしまいそうなので軽くお聞きします。失敗というのは黒字に出来なかったということでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”そうです。サブスクサービスを立ち上げてから一年半で完全にたたむことになり、しばらくしてその会社を辞め、今はPRと編集をしている会社に就職をして、プランナーとして活動をしています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”プランナーとは広告のプランナーってことでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”広告というよりは、PRから考えられるコミュニケーション戦略の部分を担っています。よくご依頼があるのはリブランディングです。前の会社と業種こそ全く違いますが、『伝統工芸のサブスク』の時にも感じていた「知ってほしいけど知られていない」ことだったりとか、それらを広げていくための認知の方法を知りたかったので、今の会社に就職をしました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”ということは活動の中心は今も東京ということでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”はい。リモートワークが主なので徳島にもよく帰ってきています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

人が集まる空間に魅力を感じてコーヒースタンドに行き着く

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”大阪と東京、それぞれの想いを持ち、そして就職をして活動をしているわけですが、お二人は故郷である牟岐町で『灯閑』をはじめることになります。はじめることになった経緯を教えていただけますか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”先ず根底として、この町がめっちゃ好きというのがありまして、何か恩返しがしたいと思ったんです。学生の時には『ひとつむぎ』として牟岐町に自然と関われることがありましたが、ひとつむぎを離れた後でも自分で何かをしたいなと思っていました。

でも何をしたら良いだろう?どうするのが良いだろう?と考えていた時に、大阪でコーヒー屋を角地にオープンする広告を見たんです。その時に「あ、難しいこと考えずにこれでいいかも」とスッと入ってきたんです。

で、それとは別の話で駅前交差点が良いというは強く思っていたんです。大学で土地活用の研究を進める中で、まちには活気を与える「まちのツボ」となる土地があると考えていて、牟岐町ではそれがこの交差点だなと思って、美有に声を掛けたんです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

NPO法人ひとつむぎウェブサイト

NPO法人ひとつむぎ
徳島県南部にある牟岐町を拠点に、教育やまちづくりの支援を通じた地方創生を目指して活動するNPO法人。

▲花野さんが牟岐町でやるなら絶対にここ!と感じた、牟岐駅にも通じる交差点。『灯閑』という名前も廃業してしまった『東観サービス』の建物をお借りしていることもあり、そこから敬意を込めて付けられている。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”先ず、牟岐町で何かしたいと手を上げたのは花野さんだったってわけですね。それでコーヒー屋さんとして準備を進めていくのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”まず建築を学ぶ中で、かっこいい空間というより、人が集まる風景に魅力を感じているので、人が集まることで活気を与えられたらなと感じていました。そこで、美有はコーヒー豆を焙煎出来る知識と技術を持っていたので、今のコーヒースタンドという形になっていきました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”当初から「コーヒーかも」みたいな感じで話は進んでいきつつ、「こういう可能性もあるよね」「こういう風景作りたいよね」などとシーンをベースにアイデアを出し合っていましたが、「ちょっとやってみようよ」と言って出来たのがコーヒーだったんです。1月の帰省するタイミングで準備が出来たのも大きかったです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

▲二人が店先に立って対応してくれるスタイルなので、何かとコミュニケーションを取りやすい。時期によってはコーヒーに限らず牟岐町産の『実生ゆず』を使った『ホットゆずジンジャー』も販売している。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”今年に始めて今回で6回目とは、物理的な問題があると思いますがかなりハイペースにオープンしているんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”本当は月に一回オープンする予定でしたが結果的に二カ月に一回ぐらいに落ち着いています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そもそも田中さんは焙煎の知識や技術はどのようにして得たのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”岩手県に居た時に焙煎の修行をさせてもらっていました。その時に焙煎の工法とか豆の種類とかをある程度理解したので、自分で味の構成が出来るようになりました。
それで、大学を卒業と同時ぐらいに屋号を取得してライフワークとして始めました。本当は『出羽島アート展』の会期中に出店する予定でしたがコロナ禍だったので中止になったりして。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

▲10/15に行われたこの日の豆は、田中さんが旧牟岐小学校にあるイチョウと、秋をイメージして焙煎してブレンドしたコーヒーを提供。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”豆の焙煎はどのようにして行っているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”焙煎屋さんがサンプルを作る時に使う小型の焙煎機を使って手動で焙煎しています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そもそもコーヒーを飲むのがお好きで焙煎などを始めていったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”コーヒーは好きですね。でも10代の頃は全然好きではなかったんですが、アルバイトでスターバックスで働くようになってからコーヒーを飲み始めて。そこでコーヒーのこだわりだとかコンセプトを知るようになって。「ああ、コーヒーで味わいって表現出来るんだな〜、こういう伝え方が出来るんだな〜」と思って、どんどん興味を持っていきました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”田中さんのコーヒーのはじまりはスターバックスだったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

最終的には町の人と外の人が交流出来る場として

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”今まで6回開催してみて手応えなどを感じることがあると思いますが、いかがでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”一回目の時に50人ほどの方が来てくれるかな〜と想定をしていましたが、まわりの方からは100人ぐらいは来るんじゃない?と言われ用意をしていましたが、蓋を開けてみれば結局160人近くの方にお越しいただきました。

当初はお店を構えて常に運転していくことも想定していましたが、牟岐町のような規模の町だとイベントとして行っていった方が、皆さんが集まる場として成立しやすいと感じているので、今後も月一回を目標にして行っていければと考えています。

今は町の人に認められ、応援してもらえるような場作りを目指している段階というのと、今後は町の外からも人を呼び込めるような場を作っていけたらと思っています。

そして最終的には町の人と外の人が交流出来るような場として、段階を踏んで作っていければなと考えています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

▲2023年の1月3日の第一回目の時には多くの方で賑わう風景が。当初からお二人が描いていた風景とは、正にこうした風景だったのに違いありません。

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”「町の人に認めてもらう」段階であれば、既に認められているような気もしますし、お声も届いているはずですがいかがでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”ありがたいことに「今度いつやるん?」「コーヒー美味しかった」などと母づてに聞いたりしています。あとは目の前で起きていたことなんですけど、「もしかして〇〇さん?」などといった会話が繰り広げられいて。
ボクは最初、人と人を繋げることがこの場で出来たらと考えていたんですが、場を用意するだけで良くて、その必要はなかったんだなと感じました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それでは手応えを感じることが出来たんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”一回目の時に手応えは感じました。今後は継続していくことが一番大事と感じていますので、継続して行っていきたいと考えています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”良く分かります。継続していくことが何より大変ですよね。継続していくことに壁などは無いのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”先ず、生業にはしていないので気が楽なところもありますし、なによりこうしてやっていることが楽しいので、継続していくことの難しさは感じていません。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”継続という意味だと、ここのオーナーさんがこの場所を貸してくれたり、ポルトの駐車場も貸してくれて、町を盛り上げるためにという部分でも共感もしてくれているから私たちはこうして出来ているし、今後も継続していける要因ではあります。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

▲建物の奥には素敵な和室も用意されているので、仲間で集まってゆっくりとお話することも。

先ずは町の人が楽しめる場作りを

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”最後にこのプロジェクトを通じて、牟岐町がどうなっていったら良いか?どうなって行ってほしいかなどがありましたらぜひお聞かせください。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”花野さん” text=”町の人口を増やすことはとても大事なことだと思うんですが、既に住んでいる町の人たちが楽しめることが先ずは大切かなと感じています。

牟岐町は人口は少ないけど、会う人は実は結構決まっていて。でも知り合いはたくさん居る。そうした普段なかなか話をしない、することのない知り合いに会って久しぶりに話をするだけで、幸せとか楽しいって思えるのかなと感じていて。

1月3日の時に来てくれた同級生が「地元に帰ってきて懐かしい人に会えるならまた帰ってきたいと思う」と、このプロジェクトをやって良かったと思える一言をくれたりして。なのでこの場を通じてそうした機会をもっと増やして行けたらなと考えています。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/10/DSC04523-scaled-e1699333474392.jpg”]

[code_balloon position=”right” name=”田中さん” text=”私も言おうとしていたエピソードが全く同じで(笑)。私の友人たちがイベントの際に集まっていて、「これだけ知っている人が帰ってきてるんだったら、牟岐に帰ってきても良いな」なんて話をしていたのが印象に残っていて。なので牟岐町が故郷でない人でも「これがあるんだったら牟岐に行ってみようか」というキッカケになってくれたら良いなって思いますし、プロジェクトを通じて「牟岐って良いじゃん!」って思ってもらえるようになると、私ももっと楽しくなると思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2023/11/DSC04453_1.jpg”]

高校卒業を機に故郷を離れ、都会に出た20代の若い二人が「牟岐町のために何か出来ないか?」と考えた末にたどり着いたコーヒースタンド。それはあくまでも場づくりのためであり、人と人を繋げる場所になれば良いとの想いでお二人は活動をしています。こうした活動は時間は思った以上に必要になるものですし、なにより行動するための勇気も必要です。なかなか簡単に出来るものではありませんが、お二人の故郷への想いはそれ以上に強いのだとと今回インタビューをさせていただき感じました。

次回の開催は牟岐町の成人の日に合わせた2024年1月3日の開催を予定しています。彼らの活動の応援を含め、ふらっとコーヒーを飲みに足を運んでみてはいかがでしょうか?もしかしたら懐かしい顔に出会えるかもしれません。

 

今回の牟岐人

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灯閑 – toukan

花野修平さん・田中美有さん

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アイランダー2023に参加しました

11月18日(土)11月19日(日)、に東京都豊島区の「池袋・サンシャインシティ 文化会館ビル2F 展示ホールD」にて、アイランダー2023が開催されました。

牟岐町出羽島は、阿南市伊島との共同ブースで物販及び島のPRを行いました。

物販は大盛況で2日目の午前中には商品が全て無くなってしまいました。

たくさんの方々に出羽島について興味を持っていただき、非常に有意義な2日間であったと考えております。

阿波踊り競演会2023

お盆最終日となる8月16日水曜日、旧牟岐小学校グランドで阿波踊り競演会2023が開催されました。

一足先に開かれた阿波踊り協賛市では、焼きそばやポテトなど定番の商品を販売する屋台に加え、牟岐町産実生ゆずをブレンドした「牟岐クラフトビール」や、実生ゆずのジャムと小豆が乗ったかき氷を販売する屋台など、牟岐町ならではのグルメもいくつかいただくことができました。

実生ゆずのかき氷は牟岐町出身の大学生が開発・販売し、地元の方から初めて阿波踊り競演会に訪れた方まで、常にコミュニケーションを取りながらかき氷をこしらえている様子が多々見られました。

日没前の午後六時半ごろ、民謡とともに幕を開けた阿波踊り競演会は、日が沈み始める頃には目玉となる阿波踊りへと移り変わり、ちびっこ連を筆頭に海部郡内の9つの連の演舞が始まりました。

保護者の方と一緒に一歩ずつ前に進むあそびの広場連の阿波踊りや、法被をまとって一生懸命両手を動かしているちびっこ連の阿波踊りは非常に可愛らしく、温かい視線が集まりました。

老若男女が踊り狂う伝統的な阿波踊りを披露する連から、子ども達がポンポンを持って踊る連まで、多種多様な阿波踊りを楽しむことができました。

島崎 恵茉

東京都出身  中央大学法学部政治学科在籍