新商品が登場!!

10月25日牟岐町に新たな特産品が登場しました。

JAかいふ牟岐女性部の皆さんによる、実生ゆずと母ぁちゃんもち麦みそを使った【母ぁちゃんマヨ】。実生ゆずをふんだんに使った【ポンジュレゆう】。

この新商品のお披露目試食会がJAかいふ牟岐事務所で行われました。

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この日のお披露目会では、実際にJAかいふ牟岐女性部の方々にマヨとジュレを使った料理を

作って頂き試食会スタート‼
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こちらがマヨとジュレを使った9品。

お肉料理から、サラダ、サンドイッチと色々な料理に使っていただけます。

13:00スタートのお披露目会で参加者の方々は「お昼ご飯食べてこんかったらよかったなー」

って言ってましたが、皆さん完食www

「ジュレはさっぱりしていて食べやすいねー」「マヨはみその風味がきいてて濃厚でおいしい」と大絶賛でした。

どんな料理にでも合うので気軽に使っていただける商品です。

是非一度ご賞味下さい。

現在牟岐町内では、オオキタ・水田商店でご購入いただけます。

その他はJAかいふ牟岐事務所にお問合せ下さい。

【JAかいふ牟岐事務所】
〒775-0006
徳島県海部郡牟岐町中村字本村5-2
TEL0884-72-0331  FAX0884-72-1170

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母ぁちゃんもち麦みそ

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ポンジュレゆう

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母ぁちゃんマヨ

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徳島新聞10月26日に掲載されました!

徳島新聞 別冊StarttVOL.36跡を継ぐ人に掲載

徳島新聞 別冊StarttVOL.36跡を継ぐ人(9/23)に

牟岐町 山下渡船四代目 山下洋介さんのインタビューが掲載されています。

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牟岐町への思いなど、熱く語られている山下さん。

渡船業はもちろん

夏にはSUPやクルージング、BBQなどができるプランも実施しています。

詳しくはこちらから

ブロンプトンポタリング試走会

9月17日(日)牟岐町で開催されたブロンプトン(折り畳み自転車)ポタリング試走会に参加しました。

「ポタリング」とは、町をぶらぶらしたり、地元のお店で買ったものをお気に入りの場所で食べたり、
インスタ映えのする美しい景色で写真を撮ったりしながら、自転車でゆっくりお散歩をすることです。

お昼スタートだったので昼食をいただくため「家形船」へ。

私はお造り定食をいただきました。

昼食後、海の総合文化センターへ移動し、乗り方や駐輪の仕方を説明していただき、

ポタリングスタート!

まずはショッピングセンターポルト店内にある「きもとや」に立ち寄り
それぞれ好きなおやつを購入。

きもとやの後は出羽島連絡船乗り場まで移動し、出羽島へ。

出羽島連絡船「大生丸」に乗るため自転車を折り畳むと、、、

こんなコンパクトになりました。

出羽島に到着し交流施設「波止の家」で休憩。

先程きもとやで買ったお菓子と事前に購入していた
「砂美かたやま」のてんぐさプリンでおやつタイム


ゆったりと島時間を満喫しながらおやつを食べて癒されました。

おやつタイム後は島内を自由に散策。


島内を自転車で散策するのは初めてで、景色の見え方が普段とは違いすごく新鮮で気持ちよかったです。

出羽島から帰ってきた後は、町内を散策しながら国道55号線沿いにある「喫茶 亜梨巣」で休憩。


それぞれ好きなものを注文し、牟岐町のことやブロンプトン(折り畳み自転車)のことなど
ゆっくり話をすることができました。

休憩後、町内を散策しながら海の総合文化センターまで帰りツアー終了。

今回初めてブロンプトンポタリングを体験してみて、コンパクトで乗りやすく持ち運びもでき
また、町内をゆっくり自転車で散策することがなかったので、いつもと違う牟岐町を見ることができて楽しめました。

コロナ終息後は、ぜひ牟岐町にお越しください。

関係者の皆様ありがとうございました。

黒潮の味 家形船
住所/牟岐町大字内妻字白木122-1
TEL/0884-72-1090

きもとや
住所/牟岐町大字中村字本村106-10
TEL/0884-72-0797

砂美かたやま
住所/牟岐町大字灘字下浜辺6-1
TEL/0884-72-1727
HP/http://sabi.jp.net/

喫茶 亜梨巣
住所/牟岐町大字中村字本村290
TEL/0884-72-2385
HP/http://www.netnet.or.jp/~alice/

突撃取材!あんどんにかける想い

2021年8月29日(土)に延期が予定されている、「牟岐あんどん展」。

新型コロナウイルスの影響によって昨年度はオンラインで開催されましたが、今年度は納涼花火の際に、対面で開催される予定です。

あんどん展の開催にあたって、今回「牟岐あんどんの会」のメンバーの方々に、これまでのお話や、これからに向けてのお気持ち等について伺いました!

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目次
▼「牟岐あんどんの会」メンバー紹介

▼「牟岐あんどんの会」のメンバーインタビュー

▼最後に
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▼「牟岐あんどんの会」メンバー紹介

天羽賢(あもう まさる)さん:2年目

大谷完治(おおたに かんじ)さん:9年目

峯野廣明(みねの ひろあき)さん:5年目

和西強次(わにし きょうじ)さん:2年目

▼「牟岐あんどんの会」のメンバーインタビュー

  • はじめに、「牟岐あんどんの会」に入ろうと思われたきっかけを教えてください。

大谷さん:元々私は大工として働いており、木材もあり、私自身としても技術がありました。小学生の頃からの思い出として大きな存在であるあんどんの文化をつなげたいという思いから、この活動を始めました。創設当初手伝ってくれたメンバーが、美的センスのある方が多く、こだわりを持って取り組んでくれました。出羽島アート展や「さくらや」という喫茶店等であんどんを出品して、自分たちの手で作ったあんどんを、民芸品として様々なお客さんが買ってくれたことが本当に嬉しかったです。その時の喜びが原点にあると感じています。

峯野さん:大谷さんに手伝ってほしいと誘っていただいたことがきっかけです。個人的にも、あんどんに対して小学生の頃から馴染みがありました。当時、小学校であんどんの絵を描くことが宿題として出されて、スイカの絵を描いたことを今でも覚えています。家にもあんどんが置いてあったこともあり、あんどんに対して愛着がありました。そのため、大谷さんからのお誘いに応じました。

天羽さん:私も大谷さんに声をかけて頂きました。小学生の頃、地域子ども会という地元のコミュニティがありました。そこで、毎年夏に友人や先生と一緒にあんどんの絵を描いて、お祭りの時に出展していました。旧牟岐小の外に机を出して、みんなで絵を描いた思い出が今でも鮮明に残っています。大阪や神戸等の他地域に出ていった牟岐町出身の方々が、一家で夏休み中に牟岐に里帰りしてくるのですが、その時のつながりの象徴があんどんだったと感じています。そんな思い出があるので、大谷さんや峯野さんの姿を見た時に、「町全体であんどんの文化を守っていきたい」と思うようになりました。

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(作業現場の様子)

  • ひとつむぎやHLAB、大阪市立大学等、牟岐町外の若い世代の方々があんどんに関わり続けています。このことについてはどう思われますか?

天羽さん:すごく良いことだなと思います。経済効果ではなく、人と人とのつながりが生まれることが目的になっていることが特に嬉しいです。私個人としては、外に広げていくという方向よりは牟岐町を活性化させることに重きを置いているのですが、牟岐町外の方々がこうやって牟岐町とつながりを持ってくれることは嬉しいです。

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  • 今後のあんどんに向けてのお気持ちを教えてください。

大谷さん:今後は引き続き和西さん(牟岐町在住の現役大工の方)の力も借りながら、あんどんの文化を継続させていければと思っています。

峯野さん:戦後すぐの昭和23年(1948年)に、牟岐小学校の先生やPTAの方々の「あんどんの文化を廃らせたくない」という思いから、あんどん展が始まり、現在まで70年以上継続してきています。あんどんの文化そのものは、まだ確かにはなっていませんが、江戸時代から始まったという説があります。これだけ長く続いている伝統文化を、ここまで来たら継続させていきたいです。

天羽さん:牟岐町全体でいろんな人が集うきっかけにしていきたいです。今は、あんどんに関わること自体が、やりがいに繋がっています。あんどんの木枠を作るのは難しいですが、絵を描くのは簡単です。だからこそ、子どもからお年寄りまで、このあんどんの制作に参加できます。そのあんどんを見に来て、また他の人の作品を見て感動し合う。そういった好循環が好きです。

天羽さん、大谷さん、峯野さん、ありがとうございました!

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▼最後に

牟岐町の夏の風物詩ともいえるあんどん。あんどん文化を引き継いできた牟岐あんどんの会の皆さまのこれまでのお話や、あんどんへの思いを伺う中で、筆者自身新しい発見があり、よりあんどんへの愛着が深まりました。今後も、牟岐町全体や牟岐町に関わる人々とのつながりの象徴として、牟岐の夏を美しく灯してくれることを祈っています。

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《インタビュアー:成田知世》

青森県出身。大阪大学人間科学部4年。大学では教育社会学を専攻。2018年、2019年にHLABサマースクールの大学生運営委員として活動する中で、牟岐町に関わるようになる。2021年8月に牟岐町にて短期インターンシップを経験。趣味は読書、映画鑑賞。

△8月29日(日)「牟岐町あんどん展」はお天気にも恵まれ、無事開催することができました。

お家でフレンチ~牟岐からの贈り物~

『お家でフレンチ~牟岐からの贈り物~』に参加しました!

6月26日(土)に松茂町交流拠点施設 Matsushigate(マツシゲート)で『お家でフレンチ~牟岐からの贈り物~』が開催されました。フレンチシェフ蛇目様から家庭でも作れるフランス料理のレシピや牟岐町で採れたアワビ、ナガレコ、イサギを使った料理を披露していただきました。
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私はお手伝いスタッフとして、牟岐町出身の高校生、後山真太郎くんと参加させていただきました。私にとってフランス料理は馴染みのないものでしたが、蛇目シェフが「ナガレコともち麦のヴェリーヌは洋風のお寿司のようなもので、上に乗っているのはオクラをカプチーノ仕立てにしたものだよ」など調理しながらわかりやすく教えてくださりました。Mugijin_b317deb4d7cc81f707d194def2581135.png

また、真太郎くんは高校で調理について学ばれていて、今回は盛り付けを担当したり、家庭で出来るレシピを説明する蛇目シェフの右腕として大活躍されていました。

蛇目シェフはお客様の食後の状態を考えて、消化しにくいオリーブオイルを多く使うときはサラダ油と1:1で混ぜるなど、家庭でも出来るフレンチの技を参加者の皆さんに伝授されていました。「へぇ~」という声が何度も会場にどよめいていて、本当に楽しく、居心地の良い空間でした。
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その後、ソーシャルディスタンスを保ちながらお食事を楽しみました。

特に、牟岐町民の方々とはアワビの食感のお話で盛り上がりました。

アワビとナガレコはお刺身や踊り食いで食べるイメージがありましたが、今回は低温調理されていて、プリプリした食感と柔らかい食感を感じることが出来ました。

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また、アワビ・ナガレコ漁の様子をまとめた動画を見て、実際に牟岐で大活躍されている漁師の岩本朋さん、平岡丈次さん、元木奉文さんからもお話を聞くこともできました。

参加者から漁師になった理由を尋ねられると、

「なかなか一から漁師というのは難しいと思う。」

「まぁ、家が漁師やったからね。船や網などの道具もそろってるし。」

「漁師は会社に務めるのとは違って気が楽やね。勿論、自分の腕一本で採ってこなあかんっていうプレッシャーはあるんやけど、全部自分が頑張ってするだけであって、休もうと思ったら休めるし、でも人間って不思議なもんでいつでも休めるってなったら逆に働くんよ。」

「親が漁師でない若い人は漁協アカデミーで研修を受けとるわ。牟岐にも20代の子が何人かおるしね。」

と、笑いを混ぜつつ自らの体験を語ってくださりました。

また蛇目シェフからの「数日間、アワビを生かしたまま保存するにはどうすれば良いのか」という質問には、

「海藻に包むんが一番ええけどなあ。」

「乾燥させんように密閉して入れとったらいけると思う。」

「水は入れたら酸欠みたいにになって死んでしまうからあかんなあ。」

「濡れた新聞に包んで発泡スチロールに入れたらいいと思う。」

と、大切なのは乾燥させないことだと教えてくださりました。

漁師さんから「生かさないのでいいのであれば冷凍する人もおる。」というお話に

蛇目シェフから「冷凍したら柔らかくなるのでいいことだと思う。」と、料理の知識も教えていただきました。

イベント終了後、後山真太郎くんからは「プロのシェフと1対1で話しながら調理ができ、学校で習わないようなことも知れてよかった。食べるときのことだけではなく、食べた後のお客さんの状態まで考えるのはさすがだなと感じた。進路相談やキャリアの話もできて、本当に貴重な体験だった。」と、話してくれました。

また、岐阜から参加された方からは「こんなに美味しいアワビは初めて食べた。岐阜ではなかなか手に入らないけれど、もし手に入ったら家でもやってみたいと思う。次回の伊勢海老のイベントも楽しみ。」と感想をいただきました。

私は『牟岐みらい会議第二部』(15歳~25歳の牟岐町に関わる若者たちが牟岐の将来について話し合う会議)で一度、アワビとナガレコを食べたことがありましたが、その時の印象とは大きく違い、フレンチにも変身できるアワビとナガレコの可能性に驚きました。また、今回のイベントに参加してみて、アワビ・ナガレコ漁は本当に危険なお仕事で、命を懸けてやっているんだと初めて知りました。冷たい水の中に潜り込んで次から次へと石をひっくり返して、どんどん採っていく姿は本当にかっこよかったです!ですが、漁師さんも漁獲量も年々減っているとお聞きしました。これからもかっこいい漁師さんたちを発信していくことで牟岐を盛り上げていけたらいいなと思います。

「阿南光高校」中山寿人監督(牟岐町出身)

月26日全国高校野球選手権大会 徳島県大会決勝戦にて

牟岐町出身・中山寿人監督率いる「阿南光高校」が優勝。甲子園への切符を手に入れました。

7月27日(火曜日)の徳島新聞にて試合の結果と中山監督についての特集記事が掲載されています。

是非、ご覧ください。

なかやま・ひさと 牟岐町出身。日和佐高、中京大を経て、教員に採用された1988年から8年間、新野で監督。92年春の選抜大会に初出場し、1回戦で横浜(神奈川)に逆転勝ちした。96年に徳島商監督に就くと97年春から4季連続出場を含め、春夏通算5回出場。甲子園での通算成績は6勝6敗。徳島東工(現徳島科技)と徳島科技を経て、2015年から再び新野で指導。同校と阿南工の統合に伴い、18年8月から阿南光の監督を務める。

喫茶 亜梨巣

国道55号線沿いにあり1974年から営業を続けている喫茶 亜梨巣。

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広い店内には、少人数から多人数にまで対応できる席があるので、お一人でもご家族連れでも気軽に足を運べます。
また、フリーWi-Fiで電源も備わっているのでワークスペースとしても利用できます。

「最近は必要だからね。」とオーナーの田中さん。

のんびり過ごしたい時や仕事で利用したい時などにフリーWi-Fiは嬉しいサービスですね。

たくさんあるメニューの中から、田中さんにおすすめのメニューを伺いました。

「おすすめは、お店の名前でもある『アリス弁当』と『エビフライ定食』です。」



エビフライ定食(1,450円)プリプリで美味しいジャンボエビが3尾も‼

他にも昔から人気のあるサンドイッチや、パフェなどのデザート、お子様向けの『わんぱくセット』などもあります。

また、お店の入り口近くでは手作りの小物作品が展示販売されています。Mugijin_f259d24cb80e2a7f5033c05c9a7fc13c.jpg

 手づくり小物の展示販売。革製品のブレスレットやキーホルダー。美しいハーバリウムなどが並んでいます。
こちらのコーナーには季節に応じて立派な雛人形や五月人形が飾られます。

「最近は飾っているところが少ないからね。」と田中さん。

食事だけではなく、店内の華やかな雰囲気を感じながら、ゆったりとした時間を過ごすのもいいですね。

「新型コロナウイルス感染予防対策は万全ですので、皆さん安心してお越し下さい。」と、田中さん。

喫茶 亜梨巣で素敵な時間を過ごしてみてはいかがでしょうか?

喫茶 亜梨巣の所在地

中華料理 揚子江

国道55号線沿いにあり、大きな赤い看板が目を引く中華料理揚子江。

ご夫婦で営まれており、1983年に開店し今月で創業38年を迎えます。店主の丸岡さんは、若い頃に大阪の中華料理店で修業をされたそうです。

こちらを訪れるお客さんは、お昼時には作業員の方や会社員の方などが多いのですが、夜は家族連れお客様も多いとのこと。座敷もあるので、家族でテーブルを囲みながらゆっくり食事を楽しめます。

「お客さんが、帰りに『ごちそうさま』や『美味しかった』と言ってくれたり、『近所まで来たから寄ったよ』と遠くに転勤された方が来てくれたりするのが嬉しくて、お店をやっていて本当に良かった」と、丸岡さんご夫婦。

こちらのお店のメニューは、チャーハン・ギョーザ・マーボー豆腐などの中華料理をはじめラーメンがセットになったメニューがあります。Mugijin_87431211952ec367dc8392873680dc60.jpg

店主の丸岡さんは「肉炒めチャーハンに使っている特性のかやくは、色々な具材を使って丸々2日かけて作ってます。チャーハンはどこにも負けない自信がある‼」と語ってくれました。

丸岡さん「もう一つの人気メニューは『マーボーラーメン』

麺類ではこれが人気。辛いのが好きな常連さんは2辛や3辛で注文するけど、それでも物足りない人は一味唐辛子を入れてるんよ」Mugijin_8588f4788e5ff97836f6606f7cd62c8e.jpg

また、『手羽先』と『しょうが焼き』も人気があり、こちらはお客さんのリクエストから生まれたメニューだそうです。

『しょうが焼き』は単品でも、セットでもあります。

丸岡さん「素材にはこだわっています。例えば唐揚の鶏肉でも国産のブランド鶏を使っていますし、野菜も新鮮で美味しいものを使っています。ぜひ食べてみて下さい」

こだわりの中華料理を食べに揚子江へレッツゴー‼

お好み焼き つくし

979年にオープンし、40年以上営業されているお好み焼き屋  つくし。

こちらのメニューは、お好み焼・モダン焼を中心に、そばめし・やきめしなどのご飯物もあります。

特に店主のおすすめは、お好み焼メニューの中から『えび天玉』(550円)と『生えび玉』(570円)です。どちらもオープン当初からある人気メニューで、特に『えび天玉』には店主のこだわりがあるとのことで…

こだわりその1 【生えびを使用する!】

「えびは徳島市内から生えびを仕入れとるんよ。昔はこの辺りでもようけ獲れよったんやけどな、最近はあんまり獲れんようになったけん市内から仕入れんとあかんようになった。」

こだわりその2 【作り置きはしない!】

「えび天はな、注文が入ってから揚げよる。作り置きはしてないんよ。」

こだわりその3 【殻はあえて残す!】

「生えびは頭と尻尾を取るけど、殻はあえて外さんようにしよる。」

Mugijin_42b247364c1d56d757c8b2b133eaa0e6.jpg 揚げたてのえび天を生地の上に乗せて焼いていきます。カラッと揚がったえび天をさらに焼くので、サクサクの食感。 外はサクサク中の生地はふわふわ。えび天は殻付きで揚げている為か風味が強く感じられます。ソースとの相性もバッチリ。

お好み焼きの画像「昔はな、町内でもえび天玉を出す店はようけあったんよ。けど、今はうちだけちゃうんかな?」

「一度食べに来てね!」

「あ!そうそう、夏には店の前にハイビスカスが咲いてきれいんじょ。」と店主。

夏場はカキ氷の販売もしているので、南国の雰囲気を感じながら冷たいカキ氷を食べるのも楽しみですね。

お好み焼つくしの所在地

『牟岐町は生まれ育った所だから好き』 モンキープリント代表 堀内隆弘さん

今回の牟岐人は大阪からUターンしてきた堀内隆弘さん(40歳)にお話しをお伺いしてきました。堀内さんが帰ってきたのは今から約7年前。帰ってきてから現在までシルクスクリーンを使ってTシャツなどを制作する『モンキープリント』の代表としてお仕事をされています。その傍ら、同じくTシャツなどを制作しているプラスワン徳島のオーナーや、牟岐町町会議員、NPOカモン牟岐、商工会理事などと、多くの肩書きを持って活動をされております。今回のインタビューではよりパーソナルな部分である、大阪から帰ってきた背景や、モンキープリントとしてのお仕事を中心にお話しを伺ってきました。

自動車整備工からプリント工場へ

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”今日は堀内さんが牟岐町にUターンしてきたことをメインに色々とお話をお聞きできたらと思います。
堀内さんはもともと生まれは牟岐町なのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”牟岐町です。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”いつまで牟岐町に住んでいらっしゃったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”高校まで牟岐に居ました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”高校を卒業してからはどこに行ったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”大阪にある自動車の専門学校に行きました。
そこで資格を取っていたので、そのまま自動車整備士として大阪の整備工場に就職をしました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それは何年ぐらいやられていたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”3年ぐらいかな〜。それからディーラーになろうと思っていたんだけど、どうせだったら関西でしか出来ないような仕事をしようと思って引っかかったのが古着屋さん。その時は古着屋さんが調子良くて、そこで買い付けとかオリジナル商品なんかにも関わるようになって、シルクスクリーンに出会ったのが最初です。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”大阪にいる頃からシルクスクリーンをやっていたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうですね、古着屋をやっている時にシルクスクリーンをやっている工房と連絡を取るようになって興味を持つようになって。で、古着屋を辞めて独学で自分でシルクスクリーンで作ったTシャツを売ったりしていました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”へーなるほど。それがモンキープリントの原点とも言える出来事だったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

▲モンキープリントの工房の一角。今まで制作したきたシルクスクリーンが管理されています。

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”うーんそうやねー。一番最初と言うのであれば、シルクスクリーンの工房とのやり取りがうまいこといかんくて。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”というのは?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”印刷するデザインなんかをこうして欲しいと依頼しても、向こうは全くピンとこんかったりしてて。
それで一回工房を見せてもらったら、これは面白そうだなって感じて。それが原点かもしれないですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”へ〜そうなんですね。
じゃあそれを見様見真似でやってみたら出来たと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうやねー。今思ったらクオリティはめちゃめちゃ低いんだけど(笑)” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そこから独立していったのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”いや、その時はフリーターとしてやっていたんだけど、そこからプロとしてやっているプリント工場の工場長として働いていました。
デザインが出来て、印刷も出来て、4トントラックにも乗れるような人材が欲しかったらしくて、ちょうど良いタイミングで会社に入ることが出来ましたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど。
そこでしっかりとしたシルクスクリーンの技術や知識や経験を身につけていったんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうそう、そこには3年ぐらいおったかな。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

▲お邪魔した日は版を作る作業をしていました。

やりたい仕事がなかったから自分で仕事を始めた

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それで今は牟岐町にUターンをされていますが、こっちに帰ってきたいなと言う思いもあって独立するためにUターンをされたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”いや、急に母親が亡くなってしまって。
その時はまだプリント工場の工場長として働いていたんだけど、あまりにも急なことだったから。
父親も印鑑もどこにあるか分からん状態だし、喪服のネクタイはどこだ?みたいな状況だから、これは自分がしばらくおらないかんなとなったんだけど、葬儀の晩にはもうこっちに帰ってこようと決めました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では工場の方は辞めて、こちらに戻ってきたんですね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうやねー。でも工場長やってたらすぐに辞めるとかそういう訳にもいかんから、大阪に戻ってはやるべき事をやっていってって感じで。何か月か仕事の引き継ぎをしていき辞めましたね。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”家族に不幸があり帰ってくることになった訳なのですが、大阪に居る頃からいつかは帰ってこよう、帰ってきたいなみたいなことは考えていたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”うん、でも皆そうだと思うな〜。地元だから例えば定年になったら帰ってきたいなみたいな想いは誰でもあるんだと思うんだけど、そういう感じにはずっと考えていました。だから何歳になったら帰ろうとかそういったことは考えていなくて、『地元良いよな〜、でも仕事ないしな〜』みないなそんな感じで。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”そうですよね、帰ってくるにあたって仕事がないことはかなりのデメリットだと思いますし、牟岐町に限らず多くの方が地元へと帰ってこれない理由は仕事がないことだと思います。そんな中堀内さんはシルクスクリーンの技術を持っていたから独立することを前提に帰ってきたのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”全然そんなことはなくて。仕事がないから自分でやり始めた所があります…仕事がないというより厳密に言うとやりたい仕事がなかったから。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”こっちに帰ってきてから仕事は探したりしたんでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”今はネットで調べられるからハローワークなんかで探したりはしましたけど、自分に合いそうな仕事がなかったので…” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”それで自分でやり始めたと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”お世話になっていた業者さんとか、シルクスクリーンの自分の師匠たちが『そっちはどうだ?』などと心配してくれて『いやー仕事ないんですよねー』なんて言っていたら『自分でやればいいやん』って言われて。それでそういった人たちに協力してもらったから出来たってのはありますね。
だからこれなら明日から出来るなってなったからウェブサイトを作って始めていきました。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

モンキープリントウェブサイト

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”では独立までの期間としては割とすぐなんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”引き継ぎをやっている最中に、同時に色々と調べて進めていきました。
それで当時はSNSがまだ割と新しいもので、流行しているような状況でもあったので、そうしたサービスを利用して仕事を獲得していくことが出来たので、タイミングとしては良かったんだと思います。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

サーフィンと薪割りと子供

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”大阪から牟岐町だとプライベートでの楽しみ方が全く変わると思うのですが、プライベートはどのような楽しみ方をしているのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”サーフィンして、薪割って、子供と遊んでいます。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”サーフィンはやっぱり内妻海岸ですることが多いのでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうですね。殆ど内妻海岸。生見まで行くこともあるけど殆ど無いかなー。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”薪って薪ストーブ用ってことですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”そうそう。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”薪割りって楽しいんですか?大変そうなイメージがあるのですが。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”楽しいですよ。斧かっこええな〜とかなるし。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”自分で薪を調達してきているんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”んー、今の所はなんだかんだ貰うことが多いですね。これいるけ〜って。
だから仕事が終わって火見てたら落ち着くので一種の娯楽みたいなもんかなーと。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”お子さんとはどんな遊びをしているんですか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”その辺を探検したりかな。猫探したりとか、凧上げたりとか。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”へー、楽しそうな遊びをしているんですね。田舎には施設とか無いので困ったりすることはないでしょうか?” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”んーー特にないですね。都会には海がないからすぐには行けないけど、田舎ならすぐに行けるのと一緒で、こっちには行列の出来るラーメン屋さんは無いので行きたくてもすぐには行けないっていうのと一緒のような感じなのかな〜。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

[code_balloon position=”left” name=”編集者” text=”なるほど。
最後に牟岐町の好きな所をお聞かせ頂けたらと思うのですが。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2018/11/Facebook-logo.png”]

[code_balloon position=”right” name=”堀内さん” text=”牟岐町は生まれ育った所だから好きです。子供の頃からの思い出もあるし。生まれ育った地元って感じです。” img=”https://studio.mugizine.jp/wp-content/uploads/2021/03/DSC07413-e1616465477777.jpg”]

 

 

今回の牟岐人

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堀内 隆弘(ほりうち たかひろ)

モンキープリント代表
プラスワン徳島 オーナー
NPOカモン牟岐
牟岐町町会議員
商工会理事